Welcome Guest 
メインメニュー
サイト内検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録

みゆきちゃんと母 宗像善樹

  • このフォーラムに新しいトピックを立てることはできません
  • このフォーラムではゲスト投稿が禁止されています
前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2016-11-14 21:20
m-hanami  モデレータ   投稿数: 373
みゆきちゃんと母
             宗像善樹

母は、自分が入るお墓がどこになるかを知らずに亡くなりました。
もう、30年も昔のことです。

 母が、死期を覚悟して入院したとき、まだ、我が家にはお墓がありませんでした。
病院のベッドの上で、「私の入るお墓がない」と、さかんに心配していました。
私は、「ちゃんと建てるから安心して」と慰めました。
当時、私は、働き盛りの会社員だったので、お墓のことを考える気持ちのゆとりも、時間もありませんでした。
母は、その総合病院で、胸の病で亡くなりました。享年77歳でした。
 前の年の11月に入院し、半年間の闘病生活の末の最期でした。
母の病室は二人部屋でした。
同じ病室に「みゆきちゃん」という拒食症の二十代後半の女性の患者さんがいました。
小柄で、明るく、やさしい娘さんでしたが、病状は重いようでした。
いつも、「おばあちゃん、おばあちゃん」と母を慕い、母は、「みゆきちゃん、みゆきちゃん」と嬉しそうに応えていました。
気の若い母はこのみゆきちゃんとたいそう仲良しになり、私や妻にみゆきちゃんの話をよくしてくれました。
「不運な運命の人なのよ。でも、不幸な人ではないのよ」
これが、私たち夫婦に対する母の説明でした。
看護婦さんたちも、「お二人は、年が大きく開いている姉妹のようです。いつも日だまりのソファに身を寄せて、毎日、楽しそうに話をしていますよ」と言っていました。
病院の廊下を歩くとき、みゆきちゃんは、足が不自由な母の歩く速度に合わせて歩いてくれました。母の肩を抱き、ゆっくりと歩いてくれました。
「おまえは、さっさと先に歩いていってしまう」
当時の私は、そう言って、よく母に叱られました。
母の兄弟は、早世した兄と弟との三人兄姉でした。
『やさしい妹が欲しい』というのが、母の娘時代からの夢でした。
私たち兄弟も男三人でしたので、母は、身の周りに女性の存在なしできました。
そういうことから、私の妻にはとてもやさしく接してくれました。
妻も、母の日常の生活や健康、看護など、あらゆる面で、一生懸命に尽くしてくれました。
 そうして母は、妻への深い感謝の念とお礼の気持ちを胸に秘めて、長年過ごしてきた部屋の鏡台に向って「さようなら。長い間お世話になり、本当にありがとうございました」と深々と頭を下げて、一駅離れた病院へ入院していきました。鏡台は、妻が毎日せっせと磨いていたものでした。

母は、最晩年になって、病院でみゆきちゃんと出会い、ようやく、望み通りに可愛い妹を見つけることができたと思ったのでしょう。妻も、相部屋のみゆきちゃんにいろいろと気を遣ってくれました。母は、妻とみゆきちゃんのお蔭で病院生活を苦にせずに、心から楽しんでいるようでした。
その後、母は危篤になり集中治療室に移され、みゆきちゃんと離ればなれに
なりました。
容体を持ち直した後、母は、「みゆきちゃんがいる部屋に戻りたい」と、毎日、看護婦さんや私たちにねだりました。
翌日にみゆきちゃんと同じ部屋に戻ることが決まった日の深夜、様態が急変
しました。
母は、苦しい息の下から、「早くみゆきちゃんの部屋に帰りたい」と言い続けました。
翌朝、母の死を知ったみゆきちゃんは、「おばあちゃん、おばあちゃん」とはげしく泣き叫び、看護婦さんが、「おばあちゃんは苦しまずになくなったのだから」と言ってなだめるのに大変だったそうです。
 
私たちは、母の死後、急いで、母のお墓を郊外の霊園に建てました。
母の納骨を済ませてから、納骨の報告と生前の母へのお礼のため、入院中のみゆきちゃんを見舞いました。
 みゆきちゃんは、私たちの訪問を待ちわびていたようでした。
「おばあちゃんのお墓は、どこにあるのですか」
それが、久しぶりに会ったみゆきちゃんの、私たちへの最初の言葉でした。
場所を地図に描いて説明する私に向かって、みゆきちゃんが言いました。
「必ずおばあちゃんに会いに行くという、おばあちゃんとの約束があるの」
『そういう事だったのか』
私は、生前の母が病院のベッドの上で、自分が入るお墓のことをしきりに知りたがっていた訳が、ようやく飲み込めました。
『早く建てて、教えてやれば良かった』
深く、深く、後悔しました。
「来週、退院させてもらいます」
 別れ際に、みゆきちゃんが穏やかな声で言いました。
 それから1ヶ月後、みゆきちゃんの母親から、はがきが届きました。
『みゆきが急に逝きました。突然の死でした。みゆきのメモに、「おばあちゃんに会いにいく」と書いてありました。みゆきの身の回りが、きれいに整理されていました』
葉書を読む手が震えました。
『まさか』と思いました。
『本当に、母に会いにいったのか』
別れ際のみゆきちゃんの言葉は、そういうことだったのか。
私は、『不運な運命の人なのよ。でも、不幸な人ではないのよ』と、みゆきちゃんと同じ目線で理解した母を、みゆきちゃんはずっと慕っていてくれたのだと思いました。

今頃ふたりは、病院のソファのときと同じように、霊園のベンチに座り、温かな陽ざしの中で、身を寄せ合って楽しく話をしていることでしょう。
みゆきちゃんと妻と私は一期一会の出会いと別れでしたが、みゆきちゃんと母は永遠(とわ)の姉妹になりました。
                        合掌                                               
推奨数:61 平均点:5.74

  条件検索へ


XOOPS Cube PROJECT