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短編小説「六本木パープルレイン」 東久世 章

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前の投稿 - 次の投稿 | 親投稿 - 子投稿なし | 投稿日時 2018-6-8 19:09 | 最終変更
m-hanami  モデレータ   投稿数: 373
本作品は、短編小説となっていますが作者の意図により続編が載りました。現在1章から5章へと下に続いています。5章で完結ですので是非ご覧ください。


「六本木パープルレイン」

東久世 章


作品について

この小説は「80年代バブルの震源地」の
一つであった六本木に生きたビリーという
青年の日常と周囲の人間模様を描いたものです。
当時の六本木を知る人には懐かしく感じられる
でしょうし、知らない人にとっても興味深く
読んでいただけるかも知れません。
全編に流れるBGMはもちろんプリンスの
「パープル・レイン」ですが、それぞれの
エピソードには当時の様々なヒット曲が
流れています。

------------------------

エピソード1:「Bar『Purple Rain』」

「よう、もう一杯ビールくれよ」
海兵隊あがりのテディはろれつの回らない声で言った。
「テディ、今夜はもう帰った方がいいよ」
バーの中からオーナーのビリーが苛立ちを隠しきれない様子で言った。
「うるさい!俺は客だぞ。黙ってビールを出せ!」
テディはビデオプロジェクターに映し出されたクラプトンのライブを見ながら喚いた。
ちょうどレイラのイントロが流れ始めたところだ。
「わかったよ。じゃあこれが最後だぞ」
ビリーはなみなみとビールを注いだジョッキをドンとカウンターに置いた。
店内にはダーツに興じている3人のイギリス人グループ、
そして、奥のテーブル席には若い日本人のカップルが一組。
昨日の夜の賑わいがウソのような静かな日曜日の夜だった。
「そろそろオーブンの火を落としますよ」
キッチンからチーフの森田が声をかけた。
「わかった。チーフ、一応ラストオーダーを聞いてみるから」
結局、テディは最後のビールを半分飲み残し千鳥足で出て行った。
外の階段で転げる音がしたが知ったことじゃない。
「ガッデム!」と言う大声が聞こえたのだから多分生きて帰ったのだろう。

「ああ、今日はヒマだったな…」
ビリーはレジのトータル金額を見てつぶやいた。この店をオープンして3年目。
やっとレギュラーの客もついて軌道に乗って来たのは良いが、酔っぱらいの扱いには手を焼いていた。
一応客なので、それなりに扱わなければならないのは当然だが、他の客に迷惑をかけたり、ケンカになったら最悪だ。
「じゃあお先に」
着替えを終わったチーフがビリーに声をかけた。
「ああ、チーフ、お疲れ様。また明日!」
ビリーはキッチンの火の元をチェックすると電気を消して店のシャッターを閉めた。
「さてと…何か食べて帰ろうか」
ビリーは店の裏の石段を降りると首都高の下の大通りを渡り公園の前の屋台まで歩いた。
「陳さん、こんばんわ。ラーメンね」
「ああ、いらしゃい。店終わたか?」
「うん。今日はヒマだったよ。陳さんは?」
「ああウチもヒマだたけどね、さき変な人たち来たよ」
「変な人たち?」
「ああ、あれヤクザね。私、気持ち悪くなたよ」
陳さんの言う「気持ち悪い」は「不愉快」と言う意味なのだろう。
「でもお金は払って行ったんでしょ?」
「ああ、それ問題ない。でもほかのお客さん来なくなるよ。私も早く店持ちたいよ」
店を持ったら持ったで大変だ。家賃だの人件費だの…でも、そんな話はやめておこう。
「いいね。陳さんのラーメンおいしいから店は大繁盛するよ、きっと」
「私、ガンバるよ!あははは」
ごく普通のラーメンだが、陳さんの人柄のように優しい味だ。
「ご馳走様!」
ビリーはラーメンを食べ終わると俳優座の前を通り六本木交差点を渡って
明治屋の前を通り過ぎ西麻布の方に坂を下って行った。
ビリーの家は西麻布の、いわゆる地中海通りから少し入った辺りだった。
借家だったが店から近いのと、隣に住んでいる大家さん一家がいい人たちなので気に入っている。
「地中海通り」とはこの辺りにフレンチやイタリアンのレストランや小洒落たカフェなどが次々と出来たことから、
いつの間にかそう呼ばれるようになったらしいが、ビリーの幼少期は都電が通っていて、
広尾から先、天現寺の辺りにはバタ屋部落があったのを憶えている。
バタ屋とは今でいう「廃品回収業」のことだ。
まだ幼稚園児だったビリーは家政婦のお姉さんに手を引かれて、よくこの辺りを通った。
住人たちが掘立小屋の外の七輪で魚を焼いているのを見て「バビキュー!」などと指差すと
「見ない見ない」と注意されたのを憶えている。

家のドアを開けると二匹の猫が足元にすり寄って来た。
真っ黒な方はミュー、茶虎の方はルディだ。
「よしよし、今ご飯をあげるよ」
ビリーは餌の缶詰をあけ、猫たちが餌を食べるのをジッと見守っていた。

-------------------

エピソード2:「Yakuza」

「俺、バドワイザーね」
山本はバーのスツールに腰かけるとキョロキョロと辺りを見回した。
口髭を生やしてヤンキーズのキャップをかぶっている。どこにでもいる遊び人風のファッション。
誰もこの男がヤクザだとは気付かないだろう。
しかし、その瞳の奥には獣のような凶暴な光が宿っていた。
オーナーのビリーも日頃からこの男には注意していた。
絶対に敵に回してはいけない…が、友達にはなれない。
友達だと勘違いすると急に牙をむいて来る。
「どう?最近は…誰か来てる?」
山本の言っている「誰か」とは「他の組の者」のことだ。
要するに自分たちの縄張りに侵入者がいるかどうかを確かめに来ているのだ。
「別に…来てないよ」
ビリーが答えると山本はいきなり顔を近づけてヒソヒソ声でこう言った。
「葉ッパのいいのがあるんだけど、どう?」
葉ッパとはもちろんマリファナのことだ。この男は何でも売る。シャブ(覚醒剤)でもLSDでも睡眠薬でも。
しかし、うっかり手を出すと痛い目に合う。
もちろん金さえ払えばちゃんとモノは持って来るが、それはつまり「弱み」を握られることになるのだ。
つまり「違法薬物を買った」という弱み。
万が一、この男がパクられたら簡単に口を割るだろう。
つまり「芋づる式」にパクられるという事だ。
ビリーが断ると
「誰か欲しがってるヤツいないかなぁ」
と聞いてきたのでビリーは
「わかった。一応聞いといてみるよ」と適当に返事をした。

それから数日後のことだった。夜10時過ぎ。店の入り口から若い女が転がるように入って来た。
「ねぇ!助けて!」
ビリーが駆け寄ると山本の彼女だった。山本が何度か店に連れて来ているので顔は知っている。どこかのホステスらしいが名前は知らない。
整った和風の美女…しかし、その顔面は半分血に染まっていた。頬の辺りがパックリ切れて血が流れ出している。
「どうしたの?何があったの?」
ビリーが尋ねると、窓の外を指差してこう言った。
「駐車場…あの人が死んじゃう!」
「え!そこの駐車場?」
「うん、一緒に来て」
店の前の路地を隔てたビルの地下には駐車場があった。
ビリーはその女と一緒に駐車場のスロープを降りて行った。
黒いクラウンの陰に男が横たわっていた。山本だった。頭から出血しており動かない。
「すぐ救急車を呼ぼう!」
ビリーがそう言うと女は首を振って言った。
「ダメ!救急車も警察もダメ!」
「え?じゃあ…」
すると女は車のキーをビリーの手に握らせた。
「私の車がそこの角に停めてあるから、ここまで運転して来て。ゲーセンの前。白いマーク2よ」
ビリーは何かとんでもないことに巻き込まれたような気がしたが、ここまで来たらやるしかない。
「わかった!」
駐車場を出ると30メートルほど歩いたところに白いマーク2が停めてあった。ゲーセンの前だ。
ドアを開けると車内から強い香水の匂いが漂い出た。
「うっ!キツいなぁ」
息を止め運転席に座りエンジンをかけると、今度はスピーカーから大音量で歌が流れ出した。
♪尽くして泣きぬれて そして愛されて♪
「何だ?この曲は…」テレサ・テンの「愛人」という歌だった。
ビリーは音量を下げると車をバックさせて向きを変えた。そして、そのままそろそろと走り、先ほどの駐車場に入った。
まず二人がかりで山本を抱きかかえバックシートに乗せた。山本は「うーっ」とうめき声を上げてシートに倒れ込んだ。
頭から流れた血と鼻血で顔面は血まみれだった。
「これ、上にかけて」
女はベージュのレインコートをビリーに渡した。
「じゃあ、私も後ろに乗るからこのまま交差点を抜けて西麻布の方まで行って」
ビリーは内心「え?まだ自分が運転するのか」と思ったが、とりあえず言う事を聞くことにした。
山本と女はバックシートに身を潜めている。ビリーはゆっくりと車を出した。
すると先ほど駐車してあったゲーセンの辺りに男が3人立ってキョロキョロと辺りを見回しているのが見えた。
見るからにヤクザ風の男たちだ。
通過する時、男達の怒声が聞こえて来た。
「クソ!どこに行きやがったんだ!」
「逃げやがったか!」
バックシートから女がヒソヒソ声で言った。
「絶対止めないでそのまま行って」
「わかった」
車はそのまま裏道から大通りに出て六本木交差点を通り、青山ブックセンターから警察署の前を通過した。
女は言った。
「ここでいいわ。後は私が運転するから。ありがとう」
ビリーはWAVEを過ぎたあたりのラーメン屋の前で車を停めた。
どうするつもりだろう。山本を病院に連れて行くのだろうか。とにかく早く店に戻らなければならない。
ビリーは小走りに六本木交差点の方に戻って行った。

それから二週間ほど経ったある日の夕方、ビリーが店の開店準備に追われている時だった。
サングラスをした女が窓をコツコツ叩いているのに気付いた。山本の彼女だ。
ドアを開けると紙袋をサッと差し出した。
「この前はありがとう。あの人からお礼だって」
「え?大丈夫だったの?」
ビリーが尋ねると彼女はサングラスを外し
「ほら、もう治って来てるわ。ファンデーション塗れば大丈夫」
「あの…山本さんの方は?」
「ああ、あの人も一週間ぐらい入院したけど大丈夫よ。まだ包帯してるけどね。
もうすぐ街にも出て来れるんじゃない?」
彼女は仕事があるとかで、そそくさと帰って行った。
「さて、お礼って何だろう?」
紙袋の中にはクッキーの缶が入っていた。
「何だ…クッキーか」
ビリーはちょっとがっかりしたが缶を開けてみて絶句した。
「う!こ…これは!」
そこにはギッシリと大量のマリファナが入っていたのだ。その時ちょうどバーテンの
キヨシがトイレから出て来た。
「なんすか?それ」
「ク…クッキーだよ!差し入れの」
ビリーはそそくさと缶のフタを閉めるとタバコに火を点けた。
マリファナの匂いを消さなければならない。
とにかく早くこのやっかいな贈り物をなんとか処分しないと…。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
エピソード3「Musician」

ビリーの店には時々、来日中の外国のミュージシャンたちが来ることもあった。
ある時、二人の外国人客が入って来るなりビリーに話しかけて来た。
「コレ、あるか?」
その男はコレと言いながら指で片方の鼻の孔を押さえた。ビリーはピンと来た。
「コレ」とは「コカイン」のことだと。
「ないよ」
ビリーが素っ気無く答えると、ひどくガッカリした表情で、こう言った。
「でも、あのクラブの店員がここに来れば手に入るって…」
(クラブの店員?何という無責任なヤツだろう。ここに来ればコカインが手に入るって?)
ビリーは内心憤慨しながら改めて彼らを見ると一人は長髪で髭モジャ。もう一人は長身でメガネをかけている…あっ!今来日中のCoCoのメンバー!
ドラムとキーボードの兄弟だ!
彼らは顔を見合わせると「仕方がないね」という風にバーのストゥールに腰かけ
バドワイザーを注文し、スクリーンに流れるピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」を見てニヤニヤしていた。

ビリーにはひとつのポリシーがあった。それは「どんな有名人客でも特別扱いしない」ということ。つまり「気付かないふりをする」ということだ。
CoCoのメンバー二人はカウンターで時々ボソボソ話をする程度で、おとなしくビールを飲み終わると帰って行った。もちろん他の客は誰も彼らに気付かなかった。
「あれ?本名なんだ」
ビリーは髭モジャのドラマーが支払ったクレジットカードの控えを見て思った。
CoCoは元々スタジオ・ミュージシャンが集まったバンドだけにテクニックは抜群だったが、スター性というか、カリスマ的なメンバーは見当たらなかった。
そういう意味でステージを降りた彼らは目立たない普通の若者だった。
ビリーの店の周辺にはディスコも多く、来日ミュージシャンの多くはライブを終えた後、
接待としてそのような店のVIP席に案内されるのが常だったが、
中にはそのような騒がしい雰囲気を好まないメンバーもいた。そんな彼らは「ごく普通の
パブ」であるビリーの店に来た。
ダーツボードがありスクリーンではロック系のMTVやライブが流れ、客層も半分くらいは欧米系。そんな雰囲気を好む者も多かったのだ。

ある晩、ちょくちょく飲みに来るレコード会社の社員がやって来てこう言った。
「これからFragileのメンバーを連れて来るので10人分くらい席を空けておいてよ。
よろしく!」
Fragileはビリーも大好きなイギリスのプログレ系のバンドで数年前にはライブを
見に行ったこともあった。あまりの凄いテクニックと迫力に度肝を抜かれた覚えがある。
20分ほど後、メンバーとマネージャーやローディー、日本の担当者など10人ほどが
やって来た。
メンバーはベースとリードボーカルの二人だけだったが、二人とも酔っ払っているのか、
それともブッ飛んでいるのか、すでにヘロヘロ状態だった。
「大丈夫かな…」
ビリーはちょっと心配だった。トイレなどで他の客とトラブルにならなければいいが…。
ビリーは彼らがトイレに立つたびに待機して見守った。結局、何もトラブルは起こらず、
彼らは上機嫌で帰って行った。

ある時は知る人ぞ知るR&Bの女性歌手Minnie Johnsonがやって来た。連れは日本の
レコード会社の担当社員二人と彼女のマネージャーの黒人男性一人。
ミニーは南部の伝統的R&B…いわゆるサザン・ソウルファンの間では熱狂的に支持されている実力派シンガーだった。
レコードジャケットの写真で見るよりもはるかに肉感的…と言うよりも、もう全身から
エロいオーラが立ち上っていた。
「この人、ヤバい雰囲気だなぁ」
ビリーがミニーの席まで挨拶に行くと、彼女はネットリとした視線を浴びせて来た。
二人きりだったら100%襲われそうな雰囲気だったが、その時ちょうどタイミングよくBGMのLPが終わったのでビリーはその場を離れることができた。
「そうだ。何か彼女が好きそうなビデオでもかけよう」
そう思いオーティス・レディングのライブ・ビデオを選んだ。
案の定、彼女はそのライブを食い入るように見始めた。オーティス・レディングが
Fa-Fa-Fa-Fa-Faを歌い始めた時、彼女は担当者に何か耳打ちをした。
するとその担当者はビリーのところに来てこう言った。
「彼女がこのビデオを買いたいと言ってるんですが、売ってもらえますか?」
ミニーは期待に満ちた表情でこちらを見ている。思いがけない申し出だった。ミニーが
気に入るとは思ったが、まさか欲しがるとは…。
このオーティスのライブ・ビデオは新宿のレコード屋で買ったもので、確か4000円くらいだったはずだ。また行けば売っているかも知れない。
(ここはミニーの熱意と、そして店まで彼女を連れて来てくれた担当者の顔を立てよう)
「いいですよ。5000円で」
「ああ!助かります。代金は飲み代に乗せておいてください」
担当者はホッとしたような表情で彼女に向かってO.K.のサインを出した。彼女の様な
大スターにとっても、やはりオーティス・レディングは特別な存在なのだ。
ビリーは26歳の若さでこの世を去った天才シンガーのことを今更のように惜しんだ。
そして、オーティスが死の三日前に録音したという「ドック・オブ・ザ・ベイ」の
レコードをターンテーブルに乗せた。
♪Sittin’ in the mornin’ sun, I'll be sittin' when the even’ comes♪

--------

エピソード4「Pornostar」

「レイナちゃん変だよぉ」
バーテンのキヨシがキッチンに入って来るなりビリーに訴えかけるように言った。
その夜はキッチンが忙しく、チーフはてんてこ舞いでビリーもキッチンのヘルプに
入っていた。
「え?レイナちゃん、また来てるの?」
「レイナちゃん」とは、美咲レイナ…ポルノ女優である。日本人には珍しい巨乳の持ち主。ポッテリとした唇も肉感的で人気上昇中と聞いている。
さらに彼女の特異な点は、一流企業の正社員からポルノ業界に転身したことだった。
彼女の同僚だったという男性もこの店の常連だったが「まさか…あの総務部の彼女が
ポルノ女優に?」と驚きの表情を隠せなかった。
で、彼女の何が変かと言うと…その仕草というか…常に身体がクネっているような
妙な動きをするのだ。
ビリーも最初は酔っ払っているのかと思い、気に留めなかったが、飲む前から様子が
おかしいのだ。
今もBGMで流れているティナ・ターナーの「プライベート・ダンサー」に合わせて
身体をクネクネさせている。周囲の男性客達の目がギラついているのがわかる。
ある自称「霊感体質」の女性によれば「彼女には何かが憑りついている」と言うのだが、
ビリーは「他の客に迷惑をかけなければ問題ない」と思っていた。
ところが、やはり問題は起こってしまった。
「誰かが30分もトイレに閉じこもっている」とある客が文句を言ってきたのだ。
店内を見回すと…案の定レイナがいない。仕方がないのでトイレに行きノックした。
「すみません。大丈夫ですか?」
「あっ!だいじょう…ぶ…です」
女性の声がした。
「気分が悪かったら救急車を呼びますよ」
「え?大丈夫!すぐ出ます!」
数分後、レイナと時々見かけるアメリカ人の中年男がトイレから出て来た。男はどこかの
英会話教室の講師らしい。
ビリーはレイナに文句を言った。
「困りますよ。他のお客様に迷惑ですから」
レイナはフテ腐れた態度で乱れた髪の毛を直しながら言った。
「気分が悪かったのよ」
「飲み過ぎじゃないですか?はい、お勘定」
ビリーは伝票を差し出した。「もう帰れ」と言うことだ。
レイナは一万円札を出すと「おつりはいらないわ」と言ってヨロヨロと出て行った。
相手の中年男もいつの間にか消えていた。
「何だ…アレは?」
「トイレでヤッてたのか?」
数名の客がニヤニヤしながら話していたが、やがてそんな話題も夜の喧噪の中に
消えて行った。
ちょうどBGMが変わりホール&オーツの「マンイーター」が流れ始めた。

ビリーは店がヒマな時、「偵察」と称して六本木の街を徘徊していた。
時には近所のバーで一杯ひっかけることもあったが、ゲーセンで好きなゲームをやる
ことも多かった。
ビリーが特に好きだったのは「ゼビウス」というゲームで、いつの間にかかなりの腕前に
なっていた。
ある晩も行きつけのゲーセンで夢中になってゼビウスをやっていると向かい側の椅子に
誰かが座った。
ハッと見ると若い女…多分24、5歳だろうか、金髪のメッシュの混ざった赤茶色の
ロングヘアー。化粧はかなり濃く素顔は良くわからないレベルだ。
水商売か風俗か、いずれにしてもかなり目立つタイプだった。
「ねぇ、私のおじさんが映画作ってるんだけどさぁ、今、外人の役探してんのよ」
「え?」
急な話で何のことかわからずポカーンとしていると、さらに
「十万円出せるんだけど…どうかなぁ…」
彼女は人差し指を立てて言った。
ビリーは一瞬のうちに状況を掴んだ。つまり、彼女は自分が出演するポルノの相手を
探しているのだ。
「おじさんが…」はウソだろう。そしてビリーは彼女の「お眼鏡にかなった」というわけだ。
多分、お金がなかったら考えないでもなかったが、幸い今のところ懐は温かい。
「ごめんね。忙しいんで」
ビリーが言うとその女はプイと顔をそむけ、黙って立ち上がり去って行った。
ビリーはポルノスターになった自分を想像し、ニヤけた顔でしばらくそのまま座っていた。



エピソード5「Strange People」

どこの飲み屋にも「珍客」と言う人々がいる。
たとえば…「シンガポール航空のパイロット」を名乗る男性。
癖のある英語を話すその男は週に一回くらいのペースで、このパープルレインに顔を出していた。年の頃は30代後半だろうか。
いつもバーの決まった席に座りハイネケンのビールを注文する。
ビリーともバーテンのキヨシともあまり話さず、時々ビデオプロジェクターに目をやる程度で黙って飲んでいる。
ところが、女性の一人客が来ると急にソワソワし出す。そして「彼女に一杯出してあげて」と言うのだ。
その女性が彼の方にグラスを掲げて微笑むと、二人でテーブル席に移動。そしてその後は…二人で出て行くこともあれば、彼だけ残ることもある。
彼は特にハンサムなわけではない。ただ東洋系にしては背が高く体格が良い。メガネをかけた知的な風貌。
そして何と言っても「パイロット」という肩書がモノを言った。何人もの女性がそこに惹かれて餌食になったのだろう。
ある晩、時々来店する日本人の商社マンが友人とカウンターで飲んでいた。彼はビリーにこう話しかけた。
「ここ、米山が時々来てるでしょ?」
「米山さん?わからないなぁ。どんな人」ビリーは首を傾げた。
「背は180位で、ガッチリしてて黒縁のメガネをかけていて…」
(ん?あのパイロット?まさかね。彼は東南アジア系だし…)
「その人、英語しゃべります?」
「ああ、彼、以前シンガポールに駐在していたからある程度できると思うよ」
(げ!日本人だったんだ!)
ビリーは素知らぬ顔で尋ねた。
「で、その米山さんは飛行機の操縦もできるんですか?」
その商社マンは飲んでいたジントニックを吹き出さんばかりに驚いて言った。
「米山が飛行機の操縦?まさか!そんなの聞いたことないよ。会社じゃおとなしい地味なタイプさ。だから彼が六本木で飲んでるのも意外なんだよ。彼はいつも一人で来てるの?」
「そうですね。いつも一人でいらっしゃってますね」
(彼がパイロットに成りすまして女性をナンパしているなんて言ったら絶対ダメだ。米山さんだって大事なお客様なんだから)
「米山は何が楽しくて来てるんだろうね」
「きっと、ここの雰囲気が気に入っているんだと思いますよ」
「そうだね。確かにここは英語が飛び交っていて日本じゃないみたいだし、きっとあいつはシンガポールが懐かしいんだろうね」
「そうですね。ここにいらっしゃる日本の方は皆さん、この無国籍風の雰囲気が気に入ってるんだと思いますよ」
「マスター、ここホントいい店だよ。ずっと続けてね!」
「はい、ありがとうございます」

その男はある晩、突然店に現れた。紋付き袴に白足袋、草履、黒い帽子にステッキに髭。ビリーは見た瞬間、祖父の書庫にあった「文明開化」の写真集を思い出した。
彼は静々と店の中央まで進むと、睥睨するような視線で周囲を見回してから椅子に座った。
ビリーはどんな客も特別扱いしない主義だったので何気なくテーブルに近づくとメニューを置いた。
すると男は浪曲師の様な渋い声で言った。
「オレンジジュース!」
酒を飲まない客は別に珍しくはないが、少々意外だったのでついクスッと笑ってしまった。するとその男はおもむろに口を開いた。
「さっき熱海から来たんだが、どこかにうまいラーメン屋はないかな」
「ああ、ラーメンならこの路地の突き当りにありますよ。九州ラーメンなんで豚骨ですけどね。麺が細いのがお好みでしたらおすすめです」
「ありがとう。ところで、この店の名刺もらえるかな?」
ビリーは店のピンク電話の横に置いてある名刺箱から一枚持って行って渡した。
男は黙ってその名刺を受取ると自分の懐から名刺を出してビリーに差し出した。
「これからもちょくちょく東京に来るからよろしく」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
ビリーがカウンターの中に戻るとバーテンのキヨシがヒソヒソ声で尋ねて来た。
「なにモンですか?ヤクザ?」
「いや、違うみたいだな。えーと」
ビリーはその男からもらった名刺を改めて見た。
「え?大日本旭日会会長?武藤正則、何だ?右翼団体か」
「何だかヤバそうな奴ですね」
見ると、その武藤と言う男は背筋を伸ばして前を見据えたまま煙草を燻らせていた。
「何でウチの店に来たんだろう」
六本木には何百と言う店があるのに、選りに選ってこの店に来たのはなぜ?
ビリーの疑問は膨らむばかりだった。
武藤はその後も週に一回くらいのペースで店に来るようになった。
一人で来る時もあったが、時には怪しげな風体の男たちと現れヒソヒソと話をしている時もあった。
武藤はその男達を「俺のブレーンだからよろしく」とビリーに紹介した。

武藤が初めて現れてから一ヶ月ほど後の夕方、ビリーが開店準備をしていると電話が鳴った。
「はい、パープルレインです」
「ああ、武藤さんいる?」
「はい?武藤さん…ですか?まだオープンしてないんですけど」
「オープン?そこ、事務所でしょ?」
「いいえ、パブですけど…」
「え?パブ?変だなぁ…ガチャン」
その横柄な態度の男はいきなり電話を切った。
(何だ?事務所?武藤さんってあの右翼の男のことか?)
その武藤が現れたのはちょうどその夜のオープン直後だった。その日はスーツ姿だった。
彼はまた、オレンジジュースをオーダーするとビリーに尋ねた。
「俺に電話なかった?」
「え?ありましたよ。4時頃でしたけど」
「そうか。悪いね。ここの電話番号、俺の東京事務所ってことにしてあるからよろしく」
ビリーはさすがにムッとして言った。
「困りますよ。勝手にそんなことされては」
すると武藤はテーブルをドン!と叩いて言った。
「おい!俺にはバックがついてるんだぞ。わかってるんだろうな!」
ビリーはその場は黙って引き下がったが心の中は怒りで煮えくり返っていた。
(あいつを何とかしないと店がめちゃめちゃになる)
すると武藤は自分のバッグからシャツを取り出しいきなり着替えはじめた。
ビリーはトイレで着替えるように頼んだが武藤は聞かない。
「すぐ終わるから」と。
幸い他の客がいなかったから良かったものの、その傍若無人な態度にビリーは最悪の気分だった。
そして武藤がワイシャツを脱いだ時、信じられないモノを見た。彼は日の丸の旗を身体に巻き付けていたのだ。
ビリーが唖然として見ていると、武藤はこう言った。
「今の日本人が日の丸をどう考えているのか、それが問題なんだ」
ビリーはこう言ってやりたかった。
「その汚い身体に日の丸を巻き付けることこそ、日の丸に対する侮辱ではないのか」と。

武藤の問題はビリーの悩みの種になった。まだ大きな問題は起こしていなかったが、大きな声と尊大な態度は今に他の客とのトラブルになるだろう。
一度、思い切って警察に相談したこともあった。すると担当の刑事は信じられない言葉を発したのだ。
「ちょっとカッタルイなぁ。誰も怪我してないんだろ?それじゃ動けないんだよね」と。
ところが、この問題は思わぬ形で解決することになった。

ある晩、例のヤクザの山本が店にやって来てこう言ったのだ。
「ちょっと聞くけど、あの武藤とか言うヤツ、あんたのダチか?」
「え?武藤?まさか。ダチなんかじゃないよ。そう言えば最近来てないな」
「ああ、俺らでちょっとヤキ入れたんだよ。チョロチョロ目障りだったもんでね。まだ病院にいるんじゃないの?
まあ、ダチじゃないんなら良かったけど、またウロチョロしてたら言ってくれ」
と言うことは、武藤にバックなんかいなかったのか?とにかく心配の種がひとつ消えたわけだ。
ビリーは自分のためにビールをグラスに一杯注ぐと神…だか何だか知らないが天に向かって乾杯した。
♪You can do magic
You can have anything that you desire♪
店内にはアメリカの「You Can Do Magic」が流れていた。




推奨数:6 平均点:10.00

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