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3、宝船・えびす丸巡行

綾部の里に花が咲く

第十二章、春の綾部市

4、グンゼの凧揚げ糸

 4、グンゼの凧揚げ糸

 大橋小太郎の綾部での新春は成果はともかく、多忙で充実しているのは確かだった。
 なにしろ、東京の下町でぐうたらに日々を過ごしていた小太郎が何とか仕事を続けていられるだけでも有り難い。
 これも、JR北千住駅構内での西山部長との出会いのお蔭なのだ。
 小太郎は、ここ綾部市で暮らしてみて文化財と祭りの多さと文化度の高さや人情の豊かさに気付いていた。それだけではない。京都の奥座

敷というだけあって雅びの風情に加えてちょっとした洒落心などがあちこちに漂っている。例えば、綾部恵比須神社の「初えびす大祭」と「

七福神の宝船巡航」などは、北千住育ちの小太郎には理解しがたい複雑怪奇ならぬ複雑滑稽な組み合わせで成っている。
 熊野新宮神社境内の恵比須神社奉賛会主催の祭りながら、合祀されて祭りの主役になっているのは鳥取県日野町から分家した「金持神社」

と京都市下京区に本籍のある「繁昌神社」なのだ。
 これを整理するとこうなる。
 熊野神社内の恵比寿神社に寄宿している金持ちと繁盛の神様を、綾部商工会議所傘下の並松町商工会内の美才女実業家らが七福神に扮して

、神主のお祓いを受けて宝船に乗り、綾部市の多くの善男善女の中からとくに選ばれた人が船を曳いて市内各所を巡り、それを拝んだ人に、

金持ちと繁盛のおすそ分けをする・・・ここまでは小太郎には理解できた。ならば、この宝船を拝み損なった人はどうなる? 金持ちと繁盛

の神様に見放されて、今年一年は不況と貧乏に甘んじなければならないのか? それでは、この大祭を後援する商工会議所の立場がない。宝

船を拝み損ねた人が、熊野神社内の金持ち神社と繁盛神社に詣でたとしても、宝船に乗った七福神を拝んだことにはならない。そこで小太郎

は考えた。
 宝船えびす丸に乗っていた七福人・毘沙門天の稲田さん、寿老人の加賀さん、布袋の飯田さん、弁財天の村山さん、恵比須の山内さん、大

黒天の上原さん、それぞれにお会いして拝ませて頂けば、神様のご衣装から庶民の服装に替わっていとしても、実際に宝船の上から人々を祝

福して幸せの種を撒き、幸せな気分になった人々から拝まれたのは事実だから、その七福神のお一人にでもお会いして拝ませて頂けば、少な

くとも七分の一のご利益はあるはずだ。それでは不満なら七人それぞれの仕事場を巡っての七福神巡りも悪くない。ただし、それによるご利

益も弊害も小太郎および綾部商工会議所の中上専務理事の知るところではない。これだけは明言しておかないと後で「効果がなかったぞ!」

などとクレームがないとも限らないからだ。
 それにしても、えびす祭りは楽しかった。寒中での甘酒も美味、福引で小さな七福神の御守りも頂いたし、初日の宵祭りや二日目の本祭り

での祭典なども賑やかで盛り上がって楽しかった。
 しかし、そんな余韻に浸っている閑はない。
 小太郎がとうに忘れていた由良川の凧揚げ大会が明日に迫っていて、商工会議所でも話題に出る。
「いよいよ凧揚げだな。大橋君も取材を兼ねて楽しんでくるか?」
 小太郎の手作り凧が大空を舞うことなく、あえなく壊れたのを承知なのに中上専務理事が嫌味を言う。
「でも、凧がないですよ」
「なぜだ?」
「なぜって、皆さんがここでいじり壊したじゃないですか?」
「壊した? 触っただけで壊れるような凧が空に舞うか? 作り方が粗末過ぎたんじゃ」
「どっちにしてもゴミ扱いで捨てられたはずです」
 加納、神山両課長が小太郎に同情して口を挟んだ。
「どっちにしても壊れたまま書庫の奥の物置き場に置いてあります」
「今から材料を買って来て新しく作り直したらいかがですか?」
 中上専務理事が立ち上った。
「作り直す必要はない。大橋君をからかっただけだ。凧はわしが用意しておる」
 ロッカーから取り出してきた凧には、偉そうな人物が描かれていて高さ八〇センチ、横六〇センチほどの立派な和凧だった。
「これ、誰ですか? 専務のご先祖さま?」
「何を言うか! これぞ恐れ多くも綾部でお生まれになった足利尊氏将軍様だぞ。祖父の代から伝わる家宝の凧じゃ」
「そんなの恐れ多くて使えませんよ」
「いいんだ。武者凧には織田信長や太閤殿下だってあるんだから。これが糸巻きだ」
「ずいぶん巻いてありますね?」
「たいしたことない、三百メートル巻きだ」
「三百? 風が弱まれば糸の重さで落ちますよ。五十メートルあれば充分なのに・・・」
「風は上空ほど強いから心配ない。この凧なら千メートル揚げても大丈夫だ」
「一キロ先なんて、凧が見えませんよ」
「望遠鏡でなら見えるさ」
「そんなの邪道です」
「いいから行って来い!」
 加納美紀が疑問を呈した。
「たしか、今回の凧揚げ大会では、手作り凧しか参加できないはずです」
「ならば参加せずともよい。大会の横でこれを揚げて来い」
 神山紗栄子が妥協案を出した。
「うちにも凧に詳しい人がいます。その方に頼んで壊れた凧を直したらどうです?」
「誰だ?」
「中小企業相談課の佐々木課長です。以前、他の凧揚げ大会で優勝したことがあります」
「あの佐々木武夫がか?」 
「日頃は温厚で無口ですがやる時はやる人です」
「あれが無口か? ま、事務局長は酒の席でも酢蛸が好きだったからな」
 神山課長が物置から、和紙が竹ひごから剥がれ。骨の形も崩れた小太郎の凧を持ち出してきた。
 呼ばれた佐々木課長が、物置から取り出された無惨に壊れた六角凧を見て呆れ顔で小太郎を見た。
「大橋さん、これは何ですか?」
「見た通りの凧です」
「凧には見えますが、和紙も破れてますし、この絵は団子ですか?」
「綿菓子です」
 雲のほうがまだよかったのに、この串が余分でしたな」
「綿菓子に串は必要です」
「それにしてもひどい絵ですな。幼稚園児でももっとましな絵を描きますよ」
「佐々木課長、差別は良くないです」
「何が? 絵の差別ですか?」
「児童は幼稚園児だけじゃないですよ」
「そうでした。幼稚園、保育園、その他の幼児でも、もっとましです。これでいいですか?」
「よくないです!」
 接客を終えた中上専務理事が佐々木課長を見た。
「どうだ。直せるかね?」
「形は崩れてますが竹ひごは折れてませんから、直せます」
「それは良かった。この凧で揚がるか?」
「このままだと上空は無理です。低空飛翔で風が強まれば左回転で落下しますので、芯の結びを変えれば充分揚がります」
「紙と絵はこのまま使えるのか?」
「和紙が破れてますので、和凧を諦めてぐにゃ凧にしましょう。まず、和紙をゴミ用ポリ袋に替えます」
「ゴミ? それはいかん!」
「ゴミが嫌ならスーパーのレジ袋でもいいです」
「だめだ。業務スーパー、アスパ、マツモト・・・印刷があるだろ?」
「皆さん、商工会議所の会員ですから宣伝になります」
「いかん。さとう。三つ丸、フクヤ、サンフェステなどからクレームが出る」
「ぐにゃはダメですか?」
「やはり、黒谷和紙がいい」
「では仕方ありません。破れた箇所をセロテープで塞いで使います」
「どうだ。この糸は使えるか?」
 中上専務理事の出した糸を見た佐々木課長が唸った。
「これは凄い! グンゼの絹の編み糸の骨董品、いつ頃使いました?」
「わしが小学生の頃、祖父に貰って使った覚えがある」
「では、約半世紀・・・よく使えましたね?」
「どういう意味だ? 絹糸は三味線にだって使ってるじゃないか?」
「どこに保存してましたか?」
「どこって、書斎の机の引き出しだが?」
「絹は湿気に弱く、暑くても寒くても風邪を引いて劣化しますから凧には向きません。小型用凧糸は綿系撚り糸が主力です」
「しかし、商工会議所としては、支柱が綾部竹、台紙が黒川和紙、糸はグンゼの絹、これで何が悪い」
「でしたら、グンゼの縫製副資材部製造のGPT20の凧糸は?」
「何だね。そいつは?」
「キャッチフレーズは、水より軽く鉄より強く、絹の輝きを持つ特殊新素材ベースの超高強力糸、洋弓にも使います」
「そんなのがあるなら、すぐ行って貰って来い」
「だめです」
「なぜだ?」
「私もそれが欲しくて勝川さんに聞いたら、千メートル巻きの特殊な糸だから本社に置いてないので取り寄せで有料になります」
「それじゃ、明日の大会には間に合わん。そいつは絹入りか?」
「絹は入っていません」
「やはり綾部は絹じゃないとな」
「でしたら、私の使ってるのを明日の大会に持って行って大橋君に渡しましょうか?」
「どんな糸だ?」
「合成ですが最強の絹糸で三眠蚕(さんみんさん)から取れた絹を使用していて凧揚げ用にも最適です」
「絹入りか? そいつはいい。グンゼ製か?」
「いえ、ピ−ターパン社製です」
「いかん。グンゼは裏切れん。やはり、このグンゼの絹糸で行くぞ」
「この団子の絵はどうします?」
 神山紗栄子が控えめに言った。
「絵の上手な芦沢事務局長に相談したらいかがですか?」
「相談したってどうにもなるまい。一つ団子を三つには出来ないし」
「何度言ったら分かるんですか、これは綿あめです!」
 神山紗栄子に声を掛けられて芦沢事務局長が渋々と現れた。この様子だと事務局長は、小太郎とは拘わりたくないらしい。
「いま、神山君から聞きました。凧の絵をどうかしろと言うのですか?」
 と、言いながらも手には油性マジックが握られている。呼ばれた理由は聞いているらしい。
「どうだ? 何とかなるか?」
 中上専務理事に言われた事務局長は、腕組みをして十秒ほど卓上に置かれた和紙の綿菓子を眺めたがては
「専務の指示なら仕方ありませんな・・・大橋君、悪いけど手を入れさせて貰うよ」
「結構です。傑作の綿飴が何に変わるか楽しみです」
「では、遠慮なく・・・」
 芦沢事務局長は、凧から剥がしてあちこちセロテープを貼られた黒川和紙上の綿飴の棒の周辺にマジックを這わせた。たちまち棒を胴体に

見立てたジェット航空機が雲の中に入ってゆく臨場感のある生き生きとした図柄になって和凧の絵柄に違和感がない。さすがに商工会議所の

事務局長、隠れた才能もあるものだ。
「こいつは驚いた。とっさに描けるんだから凄いな。早速、新しい仕事を・・・」
 中上専務理事の顔を見た芦沢事務局長が慌てた。これ以上、仕事を増やされたら好きな釣りも出来なくなる。
「以前、壊れたこの凧を見た時に、自分だったらこんな絵をと考えていたから描けたんで、急には無理ですよ」
 とっさに浮かんだアイデアなのに、事務局長はあくまで謙虚なのだ。


5、由良川・凧揚げ大会


XOOPS Cube PROJECT