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大原幽学
45、人の情け‐5

第10章

6、生きるために−1

  善福寺と木彫りの看板のある古寺の前を過ぎると、まばらにある十軒ほどの家々の灯火が洩れている。その集落にある安普請の門を構えた家にヤスが入って行く。

  玄関の戸口をドンドン叩いて「親分!」と叫んでもなかなか姿を現さない。
灯火の揺らぎと人の気配はあるだけに、権蔵が在宅なのは間違いない。
しびれを切らした左門が、足で思いっきり蹴飛ばす引き戸が外れて内側に倒れ、地震でも来たかのような激しい音がして、同時に中から「何だ!」と野太い声がして褌一丁だけのだらしない恰好の凶暴そうな大男がとび出して来た。

「畜生、いいところを邪魔しやがっ……」

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「しやがって」の語尻が抜けたのは、左門の刀の刃先が権蔵の喉元にほんの爪先ほど刺さり、うす汚れた血がトボトボと音を立てて流れているからだった。これでは少しでも口を動かすと刃先が深く食い込んでしまう。鬼の権蔵の赤銅色の顔が、恐怖を感じてか青黒く変わって行く。

「やい権蔵! あこぎな金の取り立てで何人もの人を苦しめてるそうだな? 拙者、大原左門が天に変わって成敗してやる。証文を全部出せ!」

狭い部屋だから、この騒ぎは隣の部屋にも筒抜けだった。

「どうしたのさ?」

髪を乱した淫乱そうな三十女が現れて悲鳴を上げ、だらしない格好で腰を抜かした。
日本中で一番強いと思って抱かれていた男が血にまみれ、まだ幼さの残っている子供みたいな男に刃物で脅されているのだ。驚かないではいられまい。

「証文を全部出すなら右手を上げろ。命が不要ならそのままだ。三つまで数えるぞ!」

容赦なく数え始めた。

「いいち……、にい−……」

鬼の権蔵が右手を上げたので、左門はそこで刀を突きつけたまま権蔵に命じ、隣の部屋に移動して手文庫を開かせた。権蔵は震える手で証文の束を掴んで左門に手渡した。

左門がその証文を受け取った直後、待っていたように権蔵が飛び下がって長脇差を抜き放った。

「皆でやっちゃえ−」

喚いて切りかかってきた。だが、子分どもは命が惜しいから誰も手出さない。

左門は軽く身を躱わして刀で払うと、権蔵の脇差しが裾を乱して腰を抜かした女の目の前まで飛び、女がみにくい足をさらしてまた悲鳴を上げた。

左手に証文の束、右手の刀の刃先はまた権蔵の喉元に……今度は急所を外した部分に一寸ほど突き刺したから血が噴いた。左門の目が真剣だから鬼の権蔵が震え出した。

「また聞くぞ。この証文以外に隠してある証文も全部出すなら右、命が要らなきゃそのままでいい」

今度は左門の怒りが本物だと思うから、二を数える前に右手を上げた。

「よし。命だけは助けてやる」

左門が刀を引くと、権蔵が崩れるように腰を下ろして傷口を手拭いで押さえて大きく息を吐いてから、隠した証文まで全部出したのも死ぬよりはいいからだ。

もう、そこからは誰一人として左門に歯向かうものはない。

左門が居丈高に怒鳴った。

「これは不当に書かせた証文だ。今度は脅し取った金も出せ!」

「金はねえ。子分を食わせるだけでも大変だし、バクチで負けて……」

「博徒の親分がバクチで負けたのか?」

「フフッ」と鼻先で笑った左門が,権蔵一家の子分に向かって言った。

「一家は解散だ。堅気に戻るヤツには金をやる。銭が欲しいヤツはいるか?」

一瞬、お互いが顔を見合わせて腹の探り合いをしたが欲望には勝てない。兄貴分のヤスが「堅気になる」と手を上げると、子分全員が迷うことなく手を上げた。

「よしっ。ならば家捜しだ。出た金を三等分はどうだ?」

「三等分って誰と誰だ?」

「村人が一分、一家の手切れ金に一分、トセの家の使用料が一分だ!」

「なんだと、こっちは留守番料がほしいくらいだぞ」

「ならば、今、命を助けた命の分だ。それとも死ぬか?」

本気だと思うから、もう言いなりになるしかない。

「仕方ねえ、自立のための資金たって、金はねえ」

「たった、七人で分けるだけだぞ」

ヤスが首をひねった。

「親分を入れて六人だけど」

「そこの女を入れて七人だ。こんな男から逃げるのに金がいるだろ?」

「でも、親分はバクチは弱えし女にも目がねえ。金なんかあるかな?」

「うるせえ! てめらの稼ぎが悪るいから溜まらねえだけだ」

左門は、博徒などは庶民から奪った金で悠々と暮らしていると信じている。

「悪あがきはよせ。百両や二百両、たんまりと隠してるんじゃないのか?」

この一言で、ヤスが勇み立った。もしかすると……と思ったのだ。

「よしっ、やれ! 親分がたっぷり溜め込んでたかも知れねえぞ」

「やめろ! 金なんかねえ。いつだってスッテンテンだ」

権蔵が叫んでももう遅い。瞬く間に天井裏、床下、壁裏、茶箪笥、台所の瓶の中、押し入れ、布団など金の隠し場所と思われるところは片っ端から調べたが、手文庫にあった穴に紐を通した刺し銭の束が五つとビタ銭が五十枚、一朱銀と二朱銀がいくつかあって小判など一枚もない。全部合わせても約二両、家は襖は倒れ障子は破かれもうガタガタだ。
ヤス達子分衆ががっかりして腰を抜かし、左門が平然と小銭を目分量で二つに分けた。

「この一山がトセと村への迷惑料、この一山は七人で分けろ。どうだ?」

代貸しのヤスが左門に向かって怒った。

「おめえが堅気に戻れば金をくれる、と言ったんだ。こんな端た金、七人で分けたら、女も買えねえじゃねえか、堅気になれって、どうすりゃあいいんだ!」

ヤスに続いて子分どもが喚いた。腕では敵わないから口先で反撃する。

「武士に二言はねえって言うが、浪人には通じねえのか?」

「てめえらサンピンは、銭の価値も知らねえんじゃないのか?」

「まだ女も知らねえ青二才のくせに生意気だぞ」

まだ若い左門にこの悪口雑言の屈辱は我慢がならない。

「やかましい。女ぐらいは知ってるさ。金はくれてやる!」

頭に血が上った左門に冷静な分別はなかった。かと言って大義名分がないのに博徒を皆殺しにする分けにもいかない。前後の見境いもなく懐からつかみ出した二十五両の切り餅一つの小判を思いっきり畳の上に叩きつけた。

封印が解けた小判が行灯のゆらめきの中で、夜目にもまばゆい黄金の輝きでがあちこちに飛び散り、権蔵や妾まで参加して殴り合い奪い合い殴り合うという醜い修羅場になって血がしぶいた。これぞ人間の欲望の縮図としか言いようがない。家屋はさらに壊れた。

左門は腕組みをして立ったまま拍子抜けして、醜い餓鬼の争いを眺めていた。
小判が消え、疲れた男女が荒い息を吐いて座り込むのを待って、左門が刀を抜いた。

「さあ。金を出せ。二十五枚なかったら全員皆殺しだぞ!」

命は惜しいから渋々と金を出すが、十両にも足りない。

「よし。もう一回だけ許すが、裸にして小判が出たら首を落とすぞ!」

権蔵とヤスが仕方なく出した小判を併せて二十五両、殆どこの二人が奪い取っていたのだ。

これで、権蔵から巻き上げた二両を足すと二十七両になる。

今度は大金を前にして、お互いに血だらけの疲れた顔を見合わせている。

一両小判など持ったこともない連中だし、小判のままでは流通しない。

「これをどこで両替するんだ?」

「下手に両替に行くと、盗んだと思われて訴えられちゃうからな」

「安心しろ、今、庄屋が来るから理由を話して両替してもらうから」

頭に血が上っていた左門も、冷静さを取り戻した。そうなると黄金が惜しくなる。

「うっかりして、拙者の旅費がなくなるところだった」

左門が屈んで小判十枚を懐に入れたから残りは十七両になった。

「村とトセに十両、お前さんたちが約一両づつ……スッキリしたか?」

なんだか誰も嬉しそうな顔をしていない。もっとも血だらけの顔でニタニタされても
気色悪いだけだから喜ばれなくてもいい。

47、生きるために-2


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