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大原幽学
46、生きるために-1

47、生きるために−2

  左門が証文を見ると、村人の借りた元の金額に筆で墨を引き、とんでもない金額が書き加えてあることが分かった。借り入れた金額が一分なのに二十両などというものまである。

  そこに、トセが二人の男を連れて現れた。一人は頭を丸めている。

「庄屋の弥右衛門です」

「そこの善福寺の住職、提尚じゃ」

左門が淡々と言った。

「大原左門です。円満に話がつきました」

土間に立ったまま、トセ、弥右衛門、提尚和尚が信じがたい光景を眺めた。

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日頃、虎の威を借りて威張っていた権蔵と女や代貸しのヤスを含む子分らが、借りて来た猫のように大人しくなっていて、しかも、皆が傷だらけ血だらけなのだ。

その上、幼な顔の若い左門が我が物顔に振る舞っている……何もかも妙だった。

「何があったのですかな?」

「権蔵一家は、自分たちから解散して今日中に全員この村を立ち退きます」

権蔵が「そんな……」と血相をさらに変えて腰を浮かしたが左門に睨まれて沈黙した

「証文はそれぞれに返して、焼くなり破るなりさせてください」

左門がまず、借用書や証文の束を無造作に弥右衛門に手渡した。

「いいのかね?」

弥右衛門が気味悪げに権蔵を見ると、権蔵が不承不承だが仕方なく頷いた。

「今、拙者が権蔵一家の命を助けた……いわば命の恩人だ。文句はないな?」

左門が目の前の金の山を一つ、権蔵の前に押し出したから権蔵一家の全員が頷いた。

「権蔵一家は解散、こう約束しました。庄屋さんと和尚さんは証人になって、もう誰に
も迷惑をかけないと約束したことを確かめてください」

「お安いご用じゃ。喜んで引き受けましょう」

この金と銭の山は権蔵一家の村への迷惑料、あと半分はトセの家の賃貸料でおおよそ四両二分づつあります」

「金はどこから出たのかね?」

「あらかたは拙者の懐からですが、所詮はあぶく銭です。消えても惜しくないのです」

「そうはいかん。知らぬ人から村が金を貰うなんて出来ません」

「では、この人たちに上げてください。これで堅気になれるかどうか知りませんが」

弥右衛門と提尚和尚が小声で相談してから、和尚が言った。

「あんたらが堅気になるなら、これを元手に商売でも始めるようにそっくり上げてもい
い、と庄屋さんは仰られる。ただし、約束を違えたら天罰が下るように祈り殺すが、どうしますかな?」

「もう、決して人を困らせません、脅しも犯そも博打もしません」

全員が権蔵に合わせて「へへー」と頭を下げる図はまるでお白洲のようだった。

弥右衛門が証文の束から見つけた伝蔵の借用書をトセに渡して言った。

「これは破いていい。金も遠慮なく貰うがよい。これで何もかも終わりだな」

権蔵が中腰で歩み寄って頭を下げてトセに詫びた。

「おおきに迷惑をかけたな」

右手に隠し握った小銭をトセに手渡した。

「一両に足りねえが、これが残った全財産だ。米でも買ってくれ」

やはりケチな男だ。分け前で手に入る二両余ののことは口にも出さない。

その権蔵が、提尚和尚の前で畳に手を着き、頭も畳にこすりつけた。

「和尚、ぜひ、わしの頼みを聞いてくれ」

「なんだ?」

「わしも安濃の権蔵だ。ここできっぱりと生き方を変えようと……」

「だから、わしに何の用だ?」

「わしを善福寺の寺男にしてもらえめえか?」

「博徒の親分を寺男にか?」

「庭掃除から使いっぱしり、用心棒、何でもやる」

「働くのはいいが、貧乏寺で給金など払えんぞ」

「それは心配ねえ、バクチで稼ぐから。おめえらは?」

ヤスが首を振った。

「おれは遠慮しやす。四日市の里に帰って漁師をしますで」

ほかの子分達も首を横に振る。

和尚が呆れた。

「善福寺にバクチ打ちはいらん。ほかに生業はないか?」

そこで、左門が「じゃ、達者でな」と手を振って表に出た。

トセが提灯に火を入れて左門を追い、和尚を残して庄屋が続く。

権蔵の仕返しが怖いのか、ヤスたちも続き、トセらとは別の方角に消えた。

左門のことは、トセから聞いていたらしく庄屋が言った。

「トセらが長旅で世話になりました。で、今夜の宿は?」

「まだ……」

「よければ、うちへ泊まっていかんかね?」

トセが言った。

「世話になった私が、せめて飯など食べていってもらわんと」

「それもそうだな。せいぜい接待してあげなさい」

「はい、そうします」

提灯の灯に恥ずかしそうなトセの顔が映り、声が小さくなっている。

庄屋の弥右衛門が別れ際に言った。

「留守中にな、トセに縁談が出てるんだ暮れにはまとまるかも知れんぞ」

「ほんとですか!」

「ああ、働き者で良縁じゃ。明日にでも葬儀の手伝いに寄越すからな」

「何もかもありがとうごぜえます」

「今晩はまだ好きに過ごしていいのだぞ。恩人だし試しにもなるしな」

「その通りにいたします」

弥右衛門は左門に「ごゆっくり」と謎めいた言葉を残して去った。

庄屋の提灯が遠のくと左門は若い体が妙に火照って来るのを感じた。ただ、そうなると急に咲のことが気になり出す。いや、咲きは咲、仏の前でいたすのは供養になる、と剣術仲間に聞いたこともある。

「トセ、本当にいいのか?」

トセが嬉しげに頷いた。 

そのとき、後頭部に小石が当たったような衝撃があり、振り向くと黒い影が囁いた。

「もうすんだんでしょ?」

黙って頷くと、また風のような囁きが聞こえた。

「すぐ走ってください!」

また頷くしかない。左門は懐中から小判五枚を取り出して言った。

「トセさん、これはご霊前に。残念だが急用を思い出した。お幸せにな」

返事も聞かずに小判を手渡すと、左門は踵を返して今来た道を戻った。

トセの叫び声を背に、足を早める左門が闇の中に言った。

「痛かった、頭にコブが出来たぞ」

「なにが、残念だが……です? 浮気もの!」

「通夜に付き合えなくてだ」

「考えたのは違うことでしょ?」

「咲は、名護屋に忠吉を迎えに行ったのではないのか?」

「虫の知らせで戻って来たのです。今みたいなことがありますからね!」

「それより、これからどうすればいいんだ?」

「明日は松阪屋でのんびり出来ますから、今夜は野宿してください」

「どこで?」

「安濃、津には縁や軒下を借りられるお寺さんなどいくらでもありますよ」

「旅籠は?」

「これから一人で生き抜くためには、どこでも眠れる鍛練が必要でしょ?」

「咲も一緒か?」

「今夜はだめです。私は今から名古屋に向かいます」

「せめて、夜明けまででも一緒にいてくれ」

「じゃ、あれだけお付き合いしてから行きますね」

「これからは?」

「今まで同様、たまには添い寝をしてあげます」

「恩着せがましい口をきくな」

「あなたは世の中に必要なお方、わたしが独占はできませんが協力はします」

「咲は?」

「今度は本当に尾張に行きますからね」

「いずれ、京にも来てくれるのか?」

「今日みたいに浮気心を出したときに、石をぶつけに行きます」

「気乗りしなくなったな」

「いまに天下騒乱の時がきます。その時のためにあなたが必要なのです」

「咲まで、権宮司と同じことを言うのか?」

「必ずそうなります。田島さまはそのために左門さまをお誘いしたのでしょう」

こうして、左門は再び鈴鹿峠を越えて京に向かうことになった。

大原左門、十八歳で勘当されて無一文、明日からどう生きてゆけばいいというのだ。見上げても重い雲にさえぎられて月も星もなく深い闇があるだけだった。

         第一巻 青春出奔編 終わり
         第二巻 京都飛翔編 乞期待

次回近日公開
(乞うご期待!)


添付ファイル: filekaiundou.jp_ohara_047.jpg [詳細]

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