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坂本龍馬
3、 長崎へ


第六章 薩長の密約

4、 薩長の取り決め


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 4、薩長の取り決め

 この三邦丸に乗る前に太兵衛が知り得た薩長の取り決めの内容は次のようなものであった。
 一、いざ幕府との戦いが始まりし折は、両藩とも直ちに二千以上の兵を派遣し京都駐屯の兵と合流し、大坂に千人程置いて、後の戦力で京都大坂への拠点を固めること。
 一、戦いが勝利に終わったときは速やかに朝廷に、薩長をはじめとする諸藩の尽力による成果であることを報告する。
 一、万が一に戦いに敗れし時は、一年内には再度の連合協力によって再起し目的を果たすこと。
 一、幕兵が勝ちて東帰せしときは、朝廷に申あげて冤罪を晴らし再度両藩協力して討幕軍を編成すること。
 一、兵士の士気をあげるために、勿体なくも朝廷を擁し奉り、正義の旗印を表に掲げて戦う。
 一、薩摩長州の双方とも誠心を以って皇国のために粉心尽力すること。

 太兵衛は三邦丸に乗船する前に、この極秘情報をしたためた将軍あての密書を早飛脚に託して松平康英あてに送った。これらの六カ条に合意したことで薩摩と長州は正式に軍事同盟を結んだ。これで薩長から見れば龍馬の役割は済み、一転して武闘派からみて大政奉還による無血和平論を主張する龍馬は邪魔でしかなくなった。案の定、薩長連合がまとまった夜、祝い酒に酔った龍馬が寺田屋で捕吏に囲まれて命を落すところだった。それが、若い娘の嫉妬から出た密告からであったにしても幕府の役人を二人も単筒で撃ち殺したのは龍馬にとっても大きな誤算だったに違いない。
 太兵衛は、ここから先の龍馬が幕府や各藩が放つ刺客に狙われ、坂道を転がるように地獄道に落ちてゆくのを感じていた。
 だが、船上の龍馬はあくまでも陽気で、西郷から譲り受けた単筒の試し撃ちで薩摩藩士やお龍を相手に技を競っている。その天衣無縫な屈託のなさに太兵衛は安堵する前に呆れるほかなかった。
 太兵衛も海風が好きだった。
 ここでの太兵衛は小間物屋でも呉服商でもない。色浅黒く筋肉隆々とした体をあたえられた軍艦三邦丸のれっきとした水夫に成り切っていて、ごく自然に薩摩の武士や水夫と薩摩弁で打ち解けて語り合っている。責任者の西郷がどう出るかはわからないが、太兵衛はこのまま呉服小間物商としての薩摩藩鑑札手形を使わずに、臨時雇いの水夫として鹿児島入りできるかどうか試す気になっていた。
 商人髷を崩して髭も伸ばし、水夫風に束ねた髪を海風になびかせながら作業をしていると、海鳥になって大海原の空を自由に舞う自分を想像することが出来た。下関港で水や食料を充分に購入した三邦丸は、巌流島を右に見て小倉から博多と九州各地の港を眺めながら、長崎の港に向かって海上をひた走っていた。
 下関を出立してからの三邦丸上の薩摩藩士は、張り詰めた空気の中で実戦の訓練を始めている。 海上に大きな板づくりの箱を投げ込み、航路を戻すように回転させて距離を測り、軍事参謀西郷吉之助の命令一下、甲板に据えた移動式二十ポンド砲らしき四門の大筒がいっせいに砲門を開いて火を噴き海上の空気を裂いて、はるか彼方の海面に浮いた木箱の周辺に大きな飛沫を上げて炸裂した。
「二間手前に狙いを修正!」 
 何度目かの着弾で木箱が木っ端微塵に吹き飛ぶと艦上の薩摩藩士が歓声を上げて喜び、難しい西郷の表情も少し緩んだ。
 西郷が振り向いて龍馬を見た。
「坂本どんは佐久間象山塾で砲術を学んだでごわしたな。撃ってみますかな?」
「遠慮します。わしは大筒などに何の知識もありません」
 龍馬が微笑み大砲に歩み寄り、鉄製の砲身を撫でながら西郷に言った。
「幕府の大艦隊の殆どの戦艦が木製なのに比べて、薩摩は安行丸を始めとして十を超える艦船が鉄製じゃき日本一の海軍力に間違いなかです。幕艦に積載した大筒はまだ青銅製の前装砲じゃというに、薩摩は大筒まで鉄の加農砲、これなら幕府の大型艦船とて恐れるには足らんですな」
 甲板掃除に汗を流す太兵衛は、龍馬の声に耳を傾けながら頭の中で彼我の軍事力を測っていた。
 薩摩の艦船は確かに購入した鉄艦が多い。雲行丸など国産の木製蒸気外輪艦もあるが、輸送船仕立て仮装艦の翔鳳丸などは木製と称して鉄の骨組みで頑丈に作られた軍艦であるのは間違いない。だが、安行丸、永平丸、開聞丸、青鷹丸、天佑丸などの主力艦隊の殆どはイギリス製などの頑丈な鉄製軍艦だった。これだけでも幕府にとっては脅威になる。それを龍馬は熟知しているのだ。
 太兵衛は横目で龍馬を見た。
 龍馬ほど大砲に詳しい男はいない。
 港湾補強と品川警備の臨時御用で江戸に出た坂本龍馬は、勝海舟の義兄弟でもある砲術家で著名な佐久間象山塾に入門した。そこで、短期間ながら砲術を修行し、土佐に戻っても土佐藩で砲術を指導した徳弘孝蔵門下で十年近くも学んで奥義を受け、八町(約八百七十メートル)離れた距離の小さな目標を砲弾の重さや仰角を計算し、導火線に火を点けて目的に着弾するまでの数さえ正確に数えて百発百中に近い実績を残している。もしかすると龍馬は愚鈍ではなく愚鈍の振りをした秀才なのかも知れない。
 現にその腕が見込まれて海軍操練所の助手になっている。勝海舟が龍馬を抜擢したのだ。
 太兵衛の知る限りはこの砲術免許は、江戸の千葉定吉道場で頂いた娘達の裏書の並んだ怪しげな長刀免許と違って、本物に間違いなかった。だからこそ、龍馬が大砲を小型にした短筒に命を託す気持ちになれるのかも知れない。
 その龍馬が大筒など何の興味もないと言う。
 全く人を食った男だが、西郷も似たような者だから五分五分で何の問題もない。
 太兵衛は、坂本龍馬と言う男を見守るように将軍に言われてからというもの、その生い立ちから脱藩の動機まで調べたが、調べれば調べるほど頭がおかしくなってくる。
 どうも坂本龍馬と西郷、この二人だけは図り知れないのだ。



5、 生き方を変えた日


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