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新選組・残照
6、 沖田勇

7、 原田忠司

 ある日、原田忠司が師の周助の酒の相手をしながら話すのを惣次郎が聞いた。
「宗家を継ぐのは、私か勝太のどちらかですね?」
「まあ、そうだな」
「勝太がわたしに勝てるようになれば、宗家継承を認めますよ」
「そうしてくれ。おまえに負けてるうちは宗家は継がせん」
 最近は、誰もが避ける師の周助の酒飲み相手を、まだ十一歳の惣次郎が勤めさせられている。
その折りに、たまたま居合わせた原田忠司と師が酒飲み話ではあったが、こんな会話があった。
 原田忠司は日頃から、周囲にそう広言して憚らないが、それを師が認めたのは初めてだった。
 さらに忠司は、「宗家争いが面白くなりますね」と、師の前で豪快に笑った。
 その夜、惣次郎が、けしかけるような口ぶりで忠司の言葉を勝太に告げ、さらに煽った。
「勝太さんが本気で闘えば、絶対に負けませんからね」
 勝太と寝起きも稽古も共有している惣次郎は、勝太の成長を肌で感じとっていたのだ。
 酒の上の会話とはいえ、兄とも師ともあおぐ勝太が宗家になる内容だけに、惣次郎としても気
が気ではない。しかし、宗家争いなど意中にない勝太にとっては迷惑なことだ。
 勝太は、島崎という姓をもつ武術家になれただけでも満足だった。その上、相州から武州一帯
に鳴り響く天然理心流の宗家など、自分の器量からして望むべきではないような気がした。
 だが、五十半ばの義父周助の老いを思うと、自分がやらねばという思いに駆り立てられ、少し
は心動く自分があるのも感じていた。それには、心技体共に三人の兄弟子を凌駕するまでに高め
る必要がある。勝太はそれを痛感していた。
 
 師の周助が勝太を養子にした時、原田忠司は師に言った。
「将来、勝太が宗家を継ぐ場合は、門人一同が認める力を蓄えてからにして欲しい」と、条件を
出していることを勝太は周助に聞いている。勝太がまだ宗家への野心がない頃のことで今は違う。
 勝太が試衛館に住み着いて四年、試衛館の竜虎の一人で原田の競争相手の島崎一が天然理心四
代宗家の座をあっさりと諦め、別派を立てて宗家の勝太を側面から援助する策を考え、試衛館を
去って故郷の小山村に帰った。島崎一は、以前から任されていた周助の旧道場も復活させて、そ
こで天然理心流の別派を開くつもりだったのだ。
 これで、天然理心流の名跡を継ぐのは原田忠司か勝太か、この二人に限られた。
 師範代の一人でもある幕臣の福田平馬は、勝太にこう言った。
「原田の本心は、自分が継ぐつもりだった宗家を勝太に譲るつもりだ。ただ、その条件として勝
太が無敵の武術家になること、これ以外には考えていないだろうな」
「心して修行します」 
「師が養子に望んだほどの勝太だ。わしらは後継者としてのおぬしに文句はない。ただ、人間は
誰しも上に立つと唯我独尊になり、慢心して成長が止まる。これが心配なのだ」
「有り難く承ります」
 素直に頭を下げた勝太だが慢心については全く予測もがつかなかった。

 原田は迷っていた。
 原田忠司は、徐々に自分が勝太を認めていることには気づいている。
 勝太が師の近藤周助から学んだ天然理心流の技は、剣術の立会、居合に小具足、気合術などだ
が、原田忠司は、これに棍棒術などを含めて天然理心流百三十種の技のかなりの技を身に付けて
いた。勝太は、原田忠司が十年で身に付けた技を、その主要な部分だけとはいえ、わずか四年あ
まりの歳月で身に付けたことになる。
 原田は、その勝太の努力に驚嘆し、十年前の自分の少年時代を重ねた目で勝太を見ていた。こ
の勝太の強い意志と激しい気性、さらには天性の剣術の才能をも認め、天然理心流の後継者に相
応しいとも考えた。それと、自分は家督を継がねばならないこともあり、師の周助の許しを得て
分教場として国領に自分の道場を持つことが得策であるとも思ったりする。この時点ですでに、
原田の心には勝太に宗家を継がせて天然理心流の行く末を任せてもいい、こんな思いもあったが
大きな不安があった。
 勝太は武術に秀でた好青年だが、貧しさから這い上がって経済面で苦労した周助師と違って金
銭感覚に欠けている。お人好しの勝太が継ぐ試衛館は、いずれ道場主を慕うと見せかけたタダ飯
タダ酒目当ての口だけ達者な剣客崩れの浪人共の巣窟になり、出稽古にも出られなくなって経済
的に行き詰まる。その時に経営の才のあるよき弟子が現れるかどうかが、将来の繁栄の鍵を握る
ことになる。それだけが原田にとって心配の種だった。
 ただ、この勝太への信頼感と、原田自身の男の意地は別だった。
 試衛館の虎と言われた自分が、負け犬になって外で道場を構えても強い弟子は集らない。宗家
の道は諦めても自前の道場は繁栄させたい。それには、勝太以上の激しい稽古を積んで、完膚な
きまでに勝太を叩きのめして自立する以外に道はない。それには、この突出した弟弟子と激しい
稽古を重ねるのが一番の近道なのは間違いない。
 これまでの凄まじい稽古によって勝太は、誰と闘っても負けない気迫をも身に付けていた。だ
が、厳しく仕込めば仕込むほど自分以上に勝太が強くなってゆく。勝太と二人で激しく稽古を積
む限りはこの矛盾からは脱け出せない。原田忠司は、これに気づきながらも稽古を続けた。これ
でこそ天然理心流は無敵になる。これは先代の後継者争いの時と全く同じ図式だった。
 門弟達は、この勝太が後継者争いに加わったことで島崎(一)、原田、福田の試衛館三羽烏が
四羽になったなどと言っている。ただ、門人の誰もが、若い勝太が周助の後継者争いで頭一つ抜
け出しつつあるのを感じていた。
 他流試合も道場破りも勝太の得意技になったが、今は、天然理心流の島崎勝太と名乗っただけ
で二流の町道場主は逃げ腰になって、さっさと草鞋銭を包んで差し出して逃げた。
 勝太としては、軽い竹刀での形にこだわった道場稽古では何の益もない。ただ、懐紙に包まれ
たわずかな金子は貴重な道場の維持費になる。それに、周助の酒代稼ぎや食客の食事代も稼がね
ばならない。だから出稽古のない時は、道場破りも止められない。
 それも、今はもう顔も名も知られ過ぎてままならない。天然理心流に「島崎勝太あり」の声は
江戸西部から多摩一円に鳴り響きつつあった。



8、 出稽古解禁


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