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新選組・残照
6、 暴れ者探しの旅

7、 祭りの賭場

 歳三が、大工見習いの金之助を見かけたのは桜の花びらが風に舞う春たけなわの午後だった。
 甲斐の国一宮浅間神社の例大祭で賑わう境内には、善男善女がひしめいていた。この神社の創
建は大和朝廷第十一代垂仁天皇によるといわれるから、かなり古い神社なのは間違いない。街道
に面して大鳥居があり、さらに二つの朱塗りの鳥居を潜った先に随神門、その先に浅間神社の神
楽殿や本殿などが立ち並ぶ。
 拝殿に立ち、わずかの賽銭を投げ入れて神妙に柏手を打ち、生きている感謝を奉じた。他に思
いつくことがなかったからだ。周囲の百姓町人の老若男女、なかには武士の姿もあり、夫々が賽
銭を投げて願い事を念じている。
 多分、誰もが五穀豊穣・家内安全・良縁決着、一生安楽・武運長久などと願っていようが、所
詮、この世は一寸先は闇、なるようにしかならぬもの。歳三は幼くして父母や兄や姉の死に立ち
会ってきただけに「死ぬは易く生きるは難し」の意味がよく分かっていた。人の死は必然で、医
を尽くしても天命には勝てぬもの。だから、せいいっぱい生き、生きていることに感謝するのだ。
それは、命を惜しむというものでもない。
 祭りでは、何処の地でも希望に溢れた賑わいを求めて人々は集まる。ここでも、露天商や見世
物小屋の元気な掛け声、大道芸人の笛や太鼓の音曲が群衆の気分を華やいだ気分に盛り上げて明
るい笑顔を誘っていた。ここでは、一時的にせよ黒船来航以来の混迷と不安を打ち消すように誰
でも明るく天下泰平、桜吹雪を浴びるどの顔も善男善女としか見えなかった。
 だが、大工の金之助の姿を見たのは、この善男善女とは縁のない世界でだった。
 歳三派は、ふと拝殿横に「御賽銭勘定場入口」との立て札があるのに気づいた。これは、祭礼
時だけ黙認される花会(賭博場)で、土地の旦那衆には廻状が回って招待されている者もいる。
 本殿を裏手に巡ると、欅の大木に囲まれて昼なお暗い空き地に紅白の幕があり、中から殺気だっ
た中盆の声が響く。
「さあ、張った張った人生の丁半勝負。吉と出ればお大尽、凶と出たら貧乏人!」
 そこは、境内の桜や善男善女とは無縁の別世界、大工の金之助はそこにいた。
 歳三が、金之助と最初に出会ったのは、石田村の実家だった。数種の薬草を焙り干して調合す
る石田散薬のための、小屋の増築に大工の棟梁を頼んだのだ。その棟梁の下で働いていた見習い
が金之助で、年齢は歳三より二つばかり上のように見えた。
 二度目に会ったのは姉の嫁ぎ先の日野の佐藤彦五郎邸だった。義兄が道場の普請を頼んだ大工
の棟梁の見習い弟子がこの金之助だった。その棟梁の住まいが日野だったこともあり、金之助も
佐藤彦五郎邸に出入して剣術指南に来ていた試衛館の近藤周助や福田平馬らに稽古をつけてもらっ
ていたのを見たことがあった。そして、三度目に会ったのが、この都留村の祭りに寄った黒駒一
家の鉄火場だった。鉄火場とは百姓町人相手に開く最下級の賭場のことで、役人も一回の賭け金
が五十文程度であるならば、庶民の遊びとして見逃していた。とくに、高市(祭り)の境内での
盆茣蓙は、稼ぎの一部を賽銭に勘定するという風習から治外法権的に黙認されていて、大金を賭
けない限りは許されていた。その賽銭勘定分が賭け金の一部を徴収する寺銭で、本来は神社に寄
進すべき性質なのだが、実際にはそれが博徒一家の稼ぎになって神社にはほんの少しの寄進でお
茶を濁す。しかも、この近隣だけで神社は百近くもあるから稼ぎも大きいだけに博徒の縄張り争
いも熾烈になる。
 地方によっては、この縄張りを悪徳代官の手下が仕切っている場合もある。 
 天領でも、江川家のように領民のための善政を行う代官ばかりではない。旗本知行地を任され
た代官の中には、収穫に見合わぬ過酷な税を取り立てて農民から憎まれたり、役人代行の目明し
と博徒の二足の草鞋を履く無法者が賭場を開き、貧しい農民のなけなしの銭を絞り取る例も少な
くない。
 そんな輩が侠客と称して一家を成し、縄張りを争っているから始末が悪い。しかも、そんな連
中が争いごとに備えて腕の立つ浪人を用心棒を雇っている。どんなに大金を払っても、縄張りさ
え広げられれば稼ぎに見合うからだ。そんな博徒の用心棒に、腕が立つ剣客が紛れ込んでいる場
合がある。
 そこに目をつけた歳三は、祭礼を見かけると、ご開帳の賭場を覗いて歩いた。
 博徒の盆茣蓙にも格があって、高名な博徒の襲名披露などでは、畳か板の間に敷布団を十枚ほ
ど敷いて白木綿を被せて盆茣蓙とする。だが、こんな大きな花会は滅多にない。かなり大きな博
打場でも三間盆といって、畳三枚を横に並べて細長くした盆茣蓙を作り、客は丁側と半側それぞ
れ好きな方に座る。その丁座の真ん中に主宰する一家の親分または代貸が坐り、その反対側の半
側正面に中盆と壺振りが並んで座る。
 三間盆の下となると、下っぱが小脇に抱えた巻き茣蓙を地面に広げ、その周囲に刈りとった草
を敷いて盆茣蓙の形を調えて博打場とするようなケチな賭場もある。こんな賭場では小銭しか使
わない客ばかりだから上がりも少なく寺銭も集まらない。
 この浅間神社の賭場は、本格的な三間盆で、周囲を紅白の幕で囲っていて案内役もいる。
 歳三は、小金が飛び交う博打などは性に合わないが、賭博に狂う人間模様は嫌いではない。
 目を血走らせ真剣になって丁半の賽の出目に賭ける時、人は本性をさらけ出しているからだ。
 歳三は、その笛吹川に近い浅間神社裏の賭場で大工の金之助の姿を見て、賭場の客になった。
 金之助は賭けごとに熱中すると周囲が見えない性質らしく、すぐ斜め前に座った歳三に全く気
づかずに賽の目を読むのに夢中だった。もっとも、歳三も小間物屋の弥太で通っていたし、毎日
のように危ない橋を渡っていたから顔つきも精悍になっていて、金之助に気づかれないのも無理
はない。
 この金之助という男は育ちがよく、兄の喜六が茶飲み話で金之助の雇い主である大工の棟梁か
ら聞いた話を歳三に話したことがある。御三卿筆頭一橋家の近習番の長男として生まれ、生れな
がらのやさ男が間違いの元で、女関係で何度も失敗を繰り返していると聞いた。
 少年期から女にモテ過ぎた金之助は、一橋家の奥方さまの寵愛を受けての秘め事が露見して、
お手討ちになるところを御重役の配慮で、一ツ橋家出入の大工の棟梁に預けられて武士への道を
捨てた。大工見習いとして働くことにはなったが金之助は毎日が面白くない。棟梁に小金を貰っ
ては公然と賭場に出入したりして自堕落に暮らしていた。
 本来の武士の血が騒ぐのか、剣術だけは止められず、多摩の村々の名主道場に出入して稽古を
していたから、かなり出来ると聞いている。それでも賭博はやめられないらしい。多分、金之助
は、この地に出張の大工仕事での稼ぎを賭けごとに注ぎこんでいるものと思われる。
 この日は、歳三は勝ち負け半々、金之助は半に賭け続けてツキ勝ちに恵まれ、手許にかなりの
駒札を山となって積まれていた。
「丁半、揃いました!」
 中盆が賽の入った壺を振ろうとした瞬間、二十人近い喧嘩支度の渡世人が脇差を抜いて駆け込
んで来て、盆茣蓙を蹴飛ばして客を脅し、白刃を振り回して暴れ始めた。大柄の坊主頭が怒鳴っ
た。
「ここは今日から三井の卯の吉一家の縄張りだ!。お客さんご一同には、お騒がせて済みません。
どうぞ、速やかに御引き取りください。やい、黒駒勝蔵一家の下っ端ども、大怪我をしたくなけ
ればさっさと消えやがれ!」
 本来、博徒の喧嘩は死人を出さないのが鉄則だから、相手を嚇して逃がすのが最善なのだが、
相手があることだから本気になると殺し合いになる。なかなか思い通りにはならないものだ。
 床几を据えて酒を飲んでいた黒駒一家の用心棒が、あわてて酒腕を捨てて刀を抜いたが遅かっ
た。 殴り込み側の用心棒らしい髭面の浪人風の男に一刀を浴び、それを避け損ねて左腕を浅く
斬られて低く呻いてよろめきながら逃げ去った。これでは用心棒の名が泣く。
 追い出した三井側の浪人風の用心棒はふてぶてしい顔で刀を収め、何事もなかったように懐出
をしたまま目前の博徒同士の争いを眺めている。用心棒が相手の用心棒に勝てば仕事は一段落な
のだ。
 多勢の賭場荒らしに対抗して、黒駒一家の代貸しと中盆の兄いや下っ端など六、七人が脇差し
を抜いて応戦したが、衆寡敵せずたちまち手傷を負って追い立てられている。
 盆茣蓙にいた客はあわてて逃げ出して、残ったのは歳三と金之助だけだった。
 歳三はその光景を、五間ほど離れた欅の大木の根元まで下がって腰を降ろして眺めていた。彼
等も行商人姿の歳三を、素人衆とみたから誰も相手にしない。だが、大工の金之助は立場が違う。
 なにしろ勝ち癖に乗って荒稼ぎ中に邪魔が入り、山と積んだ駒札も換金できずにただの板きれ、
大金稼ぎなど絵に描いた餅に過ぎなくなった。虫の居所が悪いから怒り狂った。駒札を集める掻
き棒を手に立ちあがり、その棒でどちらに味方するでもなく片っぱしから殴り始めた。殴られた
博徒も痛いから怒る。脇差や丸太で反撃し、いつの間にか両方の博徒が金之助を囲んで殺気だっ
ている。
「こいつから血祭りにしろ!」
「出入りの続きは、こいつをやってからだ」
 金之助はとみると、薄気味悪い笑みを浮かべて棒を構えて立っている。元来が武家の出であち
こちの道場で鍛えているから剣術の腕は確からしい。それでも二十五,六人相手では勝ち目はな
い。
 すると、突然、金之助がその板切れを投げ捨て、懐から匕首を取り出し、素早い動作で博徒の
囲みの輪に飛び込み、多勢の白刃を掻い潜って瞬時のうちに二人の男の腹部と胸を刺し、刀を奪っ
て輪の外に逃げ、匕首は鞘に入れて懐中に収めて立ち直って周囲を睨んだ。



8、 賭場の喧嘩


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