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アルプス秘話

3、高所願望症(1)

4、高所願望症(2)

4時間ほどの爆睡から目覚めて、成田で借りた携帯の電源をオンにして、国際フリ−コ−ルでメガロガに電話を入れると、すぐに代表の田島ボスが出た。

「どこに潜ってたんだ。着いたらすぐ連絡しろと言っただろ! そのEU対応の携帯に何回電話しても応答がないし、メ−ルは読んだか?」

「いや、まだですが?」

「そこはどこだ? ホテルなら電話も教えろ。携帯が当てにならんからな」

二郎がル−ムガイドの印刷物を見ながらホテル名と電話番号を告げると、電話の向こうでメモをとる気配があり、田島ボスが言った。

「空港に近いのがいい。今日はそこで待機しろ。何か動きが出たら連絡するからな」

パリに到着した初日からホテルに缶詰など、監獄同然で所詮は無理な話だ。折角のパリ出張の意味がなくなる。携帯電話さえあれば、どこにいても連絡できるから心配はない。まずは観光が先だ。

ホテルのレストランでハムエッグとパンとコ−ヒ−の軽い朝食を済ますと、地下鉄を乗り継いでトロカテロ駅でパリ市内の地上に出た。そこから二郎は、前から行きたいと思っていた、16区ともバッシ−地区とも呼ばれるシャイヨ−宮に近いジャン・ドラ・フォンテ−ヌ通りに向かった。

ここには、ア−ルヌ−ヴォ−と言われる独特の建築が多く見られる。新しい芸術というような意味をもつア−ルヌ−ヴォ−は、すでに新鮮さを失って古典的な響きでさえあるのだが、その昔はこの地にモダンな店があって、その店の名がア−ルヌ−ヴォ−だったことから知られるようになったとも聞く。

ア−ルヌ−ヴォ−と言われた斬新な芸術の形態は花や植物をモチ−フに、曲線を巧みに用いて何故か心を癒してくれる。もっとも芸術性に無神経な二郎にとっては、ア−ルヌ−ヴォ−などという古びた言葉はどうでもよかった。ただ、その通りに面したアパルトメントの外装や、コ−ヒ−を飲みに立ち寄った「アントイネ」というカフェバ−の赤いドア−やア−チ型の窓、内部のアンティックな天井や窓枠や壁のア−トなどが心に優しく響くのが快かった。

室内の雰囲気がよかったこともあって、まだ昼には早かったが、前菜、サ−モンとステ−キにサラダとパンでの昼食で腹ごしらえをしてからまた歩いた。

その16区から近くにある1937年のパリ万博に合わせて建設されたというシャイヨ−宮にも寄ってみた。建物内には海洋博物館、人類博物館、フランス文化博物館、シャイヨ−劇場などがあり、セ−ヌ川を隔てたエッフェル塔を目の前にするテラスにはアポロンの彫像などが並んでいた。

そこからイエナ橋を渡ってセ−ヌの流れや自由の女神像を眺め、エッフェル塔まで行くと、塔の真下に無粋な男の胸像などがあって、エッフェル塔の生みの親だとか説明が付いている。見上げると、遠くから眺めた景観とは違って無機質で無骨な鉄骨が肌を剥き出しにして青空に向かってそびえている。

「子供と煙とは高きを目指す」というが、それに、「貧乏人」を加えると二郎にもあてはまる。二郎はパリに来る度にここに昇るのだが、未だに貧乏は解消されていない。11ユ−ロを払って二郎は3階の最上階までエレベ−タ−で昇った。ここは安い料金で階段を昇ってもいいのだが、二郎はパリに脚力を鍛えに来たわけではないから時間と労力を考えてエレベ−タ−にしたのだ。

もっとも、二郎の経験では一階の57メ−トルまで歩いただけで息切れするから、3階の展望台の276メ−トルなど無謀な話……競技会でもあれば別だが。

二郎は何度か東京タワ−の外階段で、大展望台2階の150メ−トルまで13分ほどで歩いた経験があるが、高さ250メ−トルの特別展望台までは歩いたことがない。歩行禁止かどうかは知らないが、機会があったら一度は登ってみようと思っている。この大型連休の間だけだと思うが、東京タワ−では階段で下の展望台まで上ると証明書を発行するという、マンネリ化しているエレベ−タ−の混雑を緩和するための姑息な企画なのだが、それなりの効果はあるに違いない。

エッフェル塔3階の展望台から眺めるパリの街は、東に延びるセ−ヌの流れに沿ったル−ブル美術館やシテ島のノ−トルダム寺院の尖塔やボンビド−文化センタ−の建物などが並び、南にスイス村やパリ見本市会場などが一望の元に眺められる。

さらに西にはセ−ヌを越えてシャイヨ−宮からブロ−ニュの森、はるか彼方にベルサイユ宮殿など……北にはアルマ橋を越えて市立近代美術館やガリエラ美術館、ギメ美術館に至るまでが展望台を巡るだけで一望できて飽くことがない。

午後の陽光にまぶしいエトワ−ルの凱旋門もはるか彼方に小さく見えて、門のあるド・ゴ−ル広場からは、シャンゼリゼやマルソ−、イエナやクレベ−ルなどの大通りが、蛸やイカの足より多い12の放射状の線の半分ほどが一望の元に眺められ、ゴマ粒のような車の列が動いている。

ただ、豚に真珠などの例え通り二郎にはこの景色はもったいない。それでも、モノ書きにしては芸術的な観点と表現力に乏しいのを自覚しているからまだいい。これだけの景色を眺めたのにただただ感嘆するだけの二郎だけにこの人工的な造形美を言葉にすれば,ただ「見事!」としか言いようがないのだ。この表現力の乏しさが、アオイというメルトモへの返信の「同じく」に反映されているのは間違いない。

二郎がパリの街で夜食を楽しみ、空港並びのホテルに戻ったのは深夜だった。

缶ビ−ルを飲んで二郎は眠りについた。

その夜、田島ボスから電話が入ったのは二郎の寝入りばなだった。なんだか遠くで野犬が遠吠えしているような音を感じてうつらうつら眠りから覚めたところで室内備え付けの電話のベルに気づいたのだ。寝ぼけ眼で電話を手にすると田島ボスが喚いている。

「起きてたか?」

「起こされたんですよ。こっちは何時だと思ってるんですか?」

「だから何だ?」

「夜中の2時ですよ」

「そうか、こっちは午前中でいい天気だ。また携帯の電源を切ってただろ?」

「天気も携帯もどうでもいいから夜中ぐらい寝かせてください、用件は何です?」

「拉致犯グル−プがジュネ−ブ方面に移動中らしいんだ」

「ジュネ−ブですか? 7ケ国蔵相会議のあったところですね?」

「そうだ。未確認情報だからまだ何とも言えんが、心づもりだけはしておいてくれ。また電話するからな」

「そんなことで、イチイチ起こすんですか!」

「情報を提供してるんだ、文句をいうな」

これが、EU来訪二日目の朝だった。

5、モンパルナスにて(1)


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