Welcome Guest 
メインメニュー
サイト内検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
[ リロード ]   [ トップ | 一覧 | 単語検索 | 最新 | ヘルプ ]

Counter: 4198, today: 1, yesterday: 3

アルプス秘話
3、絶対絶命(1)

4、絶対絶命(2)

「しっかりしろ!」
 意味は通じないのに日本語で叫んだ二郎が葵と力を合わせて、気を失っているライアン刑事を引き出すと、二郎が操縦席に入って、すぐ機の落下を防ぐべく操縦桿を握った。
 美代と恵子も手伝って機内にライアン刑事を横たえ、葵がすかさず自分のショ−ルで傷口を押さえ、止血剤を用いて応急処置を施す。ライアン刑事が目を薄く見開いた。激痛で一時的に失神していたらしいが敵弾は急所を避けていたから命に別状はない。
「ワシが仇を撃ってやる!」
 財相が血相を変え、窓際で機銃を抱えて空を見回している。
 操縦席に座った二郎は、サイドスティックを握りハンドリングレバ−を引いて機体の立て直しを計ったが、時すでに遅かった。落下するヘリを敵の機銃が執拗に追って来る。
「もう。とび出すには高度が足りません」
 下を見たシャ−ロット刑事が絶望的に叫んだ。
 この時、葵は生まれて初めて死の恐怖を感じた。
 このまま死んだら両親や姉妹は悲しみに暮れるだろう。だが、葵のために身体が枯れるほどの涙を流してくれる男がいないのは辛い。死ぬのが怖いのではない。生きているときに愛し愛されることをしなかった自分が辛いのだ。仕事はせいっぱいやったからカインド出版に借りはない。二人の同僚の悲しみは辛いがそんなことはどうでもいい。自分だけのために死ぬほどの愛を注いでくれる人が欲しかった。
 トルストイは、先人の言葉をすべて要約した教えとして「人生とは人を幸福にする愛にほかならない……」と人生を定義し、自己中心の虚しさを説きながらも、自分は死の恐怖におびえて生きた。それは、死んでもいいほどの愛を知らなかったからではないか?
 もしも、もう一度、人生がやり直せるならば、「愛し愛されて死んでみたい!」……こう思ったとき、いつも「同じく」のつまらない返信ではあったが、たった一人だけでも自分のメ−ルに常に裏切ることなく反応していた男がいたことに気づいて愕然とした。
 もしかしたら、あの男も孤独だったのではないか? 帰ったら「逢いたい」とメ−ルしてみよう。きっと、「同じく」と返事が来るはずだ。
 その時、無粋な髭男が操縦席から叫んで葵の夢を破った。
「いよいよ来るぞ!」
 敵の戦闘用ヘリは、兎を襲う狼のようにゆっくりと止めを刺しに接近して来る。もう逃げきれない。小城財相は機銃のリア−とフロントサイトを覗き、トリガ−に指を掛けたまま、双発の狼が近づくチャンスを待っている。
 二郎はベルトからS&WM66を抜き、弾丸があるのを確認して撃鉄を起こした。
 機体を何とか立て直しながら操縦席右側の小窓を開ける。機内の空気は銃撃されて開いた穴から吹き込む冷気で急速に冷え、零度近くになっている。
 二郎は鋭く機首を相手のヘリの正面に向け、スロットルを全開して突っ込んだ。
 敵のパイロットが慌てて正面衝突を避けるため斜め下に機首を下げ交差した。二郎が右の小窓から手を伸ばして敵機のパイロットを狙い撃って連射し、一瞬だが相手がうつ伏せに倒れるのを見た。と同時に、財相の機銃が火を噴いた。財相は一瞬の交差の中で狙いを燃料タンクに絞って連射し、見事に目標の燃料タンクを撃ち抜いたのだ。
 見事な腕だった。
 火を噴いた敵機は、きりもみ状態で低い雲間から針葉樹の森に消えた。
 その直後、大きな爆発音が森にこだまし、樹木を巻き込んだ紅蓮の炎が夕空高く噴き上がって背後に遠のいてゆく。
戦いは終わった。
 二郎の必死の運転で辛うじて墜落を免れたユ−ロコプタ−は、ようやくバランスを取り戻して水平飛行に移った。窓を閉めても、弾道で開いた穴からヒュ−ヒュ−と音を立てて細かい風が吹き込み、機内は冷えてはいたが生きている喜びには寒さなど気にならない。
やがて、広大な森林帯を抜けると一筋の川が見えた。
「セ−ヌ川よ!」
 シャ−ロット刑事が涙声で嬉しそうに叫ぶ。葵は嬉しかった。もう何の欲もない。涙が止めどなく流れて来る。葵はこうして命があるだけでも充分のような気がした。
 恵子が泣きじゃくりながら葵に抱きついた。葵は、あの回転レストランで二郎に抱きついて泣いた時の温もりを思い出しながら、恵子をきつく抱きしめた。
 シャ−ロット刑事と握手をした財相の表情にも笑みが浮かんでいる。それは勝利を噛みしめる顔でもあった。ただ、操縦席の髭男だけは必死で操縦桿を握っている。
 まだ、安全に着地するまでは油断がならないのだ。
5、パリの灯(1)


XOOPS Cube PROJECT