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アルプス秘話
7、パリの夜(1)

8、パリの夜(2)  

「守口大使、車は2台かな?」
「少し窮屈ですが、5人ですと私の車で乗れないことはありませんが」
「よかろう。マキシムはどうだ?」
「いいですね。あの店は大使館でもよく使ってますから」
 結局、守口大使の車の助手席に財相、後部座席に恵子と葵が先に乗り二郎が続いた。葵が真ん中で二郎と接することになったが、お互いに遠慮して腰が接しないようにするから恵子が狭くなって怒る。
「葵はもっと、そっちに寄りなさいよ。遠慮する理由はないんでしょ?」
「分かった。そうする」
 葵が、遠慮なく二郎の腕をとって極端に膝を寄せたから、今度は恵子が怒る。
「そこまではやり過ぎでしょ。いい加減にしてよ!」
 固くなった二郎が意味のないことを口走る。
「大使。これ、いい車ですね? シトロエンですか?」
 逆V字重ねのマ−クを見て言っただけなのに大使が嬉しげに応じた。
「あなたもこの車が好きかね? これはC6と言って、TOV型6気筒のDOHCエンジン搭載のシ−ケンシャルモ−ド付き電子制御6速オ−トマチックトランスミッションの融合で生み出された名車だよ。このエンジンで2007年のアルゼンチン世界ラリ−選手権で優勝したんだが、車体がアルミで軽いからテスト的には時速300キロ以上を……」
「これ以上飛ばすとヤバいですよ。優勝したのは大使じゃなくてセバスチャン・ロ−ブなんだから」
 急に運転が荒くなるのを二郎がたしなめた。財相や葵たちは聞き役に回っている。
「なんだ、知ってるのか? きみは何に乗ってるのかね?」
「アルミじゃなくて炭素繊維を用いた、チタニュ−ム合金のフィクシ−ものです」
「なんだね、そのフィクシ−というのは?」
「フィクシ−というのは固定されたギア−などで後輪を連結するシテムですよ」
「よく分からんが、どういう効果があるんだね?」
「ブレ−キが要らないんです」
「すごい! どこのメ−カ−がそんなの作ってるんだ?」
「私のはイタリアのビアンキ社製で、かなり中古ですが」
「ビアンキならフィアットに買収されて、今ではイプシロンだろ? 排気量は?」
「排気量? そんなのありませんよ。無公害車ですから」
「無公害でブレ−キもないのかね?」
 財相が口をはさむ。
「それ、モトクロス用自転車じゃないのか?」
 大使があきれ、葵と恵子が顔を見合わせた。話が噛み合うはずがない。
 車は、ジャンヌダルク像のあるピラミッド広場を左折した。助手席の小城財相が窓外の夜景を見ながら懐かしそうに話す。
「この辺りは日本の観光客が集まるところで、ワシも30代だった町会議員時代にはよく来たもんだよ。ウドンやソバのなにわ、寿司のふじた、ラ−メンのひぐま、日本料理のみよしや、焼肉亭、ヤキトリの京屋かな。この先のヴァンド−ム広場を越えると何たって日本人通りって言うぐらいだからな」
 葵も、「みよしや」の浅草本店には行ったことがある。
 大使の車は、レストラン・マキシムの前で停まった。店構えからして格が違う。
 財相が二郎を見た。
「ここなら安心だぞ。日本語のメニュ−があるからな」
 さすがに大使館ご愛用だけあって、カルダン経営のこの店の料理は味にうるさい日本人向けなのか、葵の空腹がそう感じさせたのか、ム−ル貝やヒラメなど魚介類以外に肉料理も出て、口うるさい恵子も大満足の様子だった。
食事中は、人権問題に端を発したパリ市内の暴動問題や治安の悪さ、麻薬問題などが話題になり、麻薬を悪とする財相と、ドイツのように一部解禁してタバコのように喫煙者任せにすべきと必要悪を説く守口大使が激論を戦わせていたが、二郎と葵は中立、恵子は守口大使の肩をもって財相の意見に反発していた。そのくせ財相の奢ってくれた食事は人一倍よく食べている。
 食後のデザ−ト、コ−ヒ−が済んで別れの時が来た。命懸けの体験を共にしただけに、何となく別れの気持ちは複雑だった。
 守口大使の車で小城財相と二郎が先に財相の定宿のオテル・ロワイヤル・モンソ−に、葵と恵子はノボテル・トウ−ル・エッフェルに送られることになった。
 車の中で恵子が二郎に、別れの挨拶をした。
「海原さんはもう若くないんだから、無茶しないでくださいね」
「まだ35ですよ。またどこかで……」
「……お会いすることはないと思いますが、お元気で」
 と、恵子が冷たく言うと、葵があわてて付け足した。
「また、大臣にご馳走になりましょうよ」
 財相が嬉しそうに応じた。
「そうだな。帰国したら海原君とお二人さんを、必ず食事に招待するからな」
 葵はすぐ「ハイ」と頷いたが、恵子がビシッと断った。
「大臣とわたしたちでは立場が違います。時間があったら国政に励んでください」
「手きびしいな。気が向いたら電話でもくれたまえ」
 財相が二人に出した名刺を葵は受け取り、恵子は横を向いて拒絶した。
「かならず電話してお伺いしますが、いいんですか?」
「大歓迎だよ。恋人が許せばだがね」
恋人はまだいません。それに取材ですから……海原さんもぜひご一緒にね」
「当然だよな?」
 財相がチラ見たが、二郎は目を閉じていた。髭男の顔色までは見抜けない。
「海原さん。気が向いたら、是非……お願いしますね」
 葵が狸寝入りの二郎に頭を下げた。葵としてはせいいっぱいの意思表示だった。
 二郎があわてて目を見開いて頷いた。承諾どころか嬉しくて仕方がないのだ。

ホテルの玄関前で小城財相と二郎が車を降りると、守口大使と葵たちは玄関先まで財相を見送り、明日の昼食会を約して手を振って別れた。
 車に戻りながら、守口大使が葵と恵子に聞いた。
「このままホテルに? それともディスコかナイトクラブをおごりましょうか?」
恵子が一瞬考えた隙に、機先を制して葵が言った。
「よろしければ、夜のパリをドライブして頂けますか?」
「お安いご用ですよ。ずいぶん欲のないご注文ですな」
「ぜいたく言って済みません」
「皆さん、高級クラブをご希望されますが、これならガソリン代だけですから……でも、車から外には出ないでください。夜のパリは治安が悪く無法地帯ですからな」
 こうして、葵たちはシャンゼリゼ大通りから再びシテ島巡りなど、パリの街の夜景を眺めて深夜のドライブを充分に堪能してホテルまで送られ、守口大使と別れた。

■第十章 意外な展開
1、ホテルの夜(1)


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