Welcome Guest 
メインメニュー
サイト内検索
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
[ リロード ]   [ トップ | 一覧 | 単語検索 | 最新 | ヘルプ ]

Counter: 3924, today: 6, yesterday: 6

アルプス秘話
3、反撃(1)

4、反撃(2)

 素早く立ち上がった二郎はその銃を拾わずに遠くに蹴飛ばし、右腕を押さえて呻いている中国人風の男の顔を蹴飛ばして失神させて飛び越え、財相と格闘中の大男のノド元にナイフの切っ先を突きつけた。二郎はすでに、執筆業の表の顔をかなぐり捨て、学生の頃にはボクシング部で活躍したこともあるファイタ−としての戦う本性を剥き出しにして、本能のまま血が騒ぐままに暴れていた。
 それでも、大男は必死で財相に自由を奪われた右手を伸ばして、二郎に向けて拳銃を発射しようとしたが、一瞬早く、二郎がナイフの切っ先を男のノドに浅く刺して一気に引いたから血が赤く筋を引いて流れた。動脈は切らないから命に別状はないが大男の戦意はこれで失せた。その顔が恐怖に青ざめ額に脂汗が浮いている。
 大男は腕に血が流れるのを感じた瞬間に「殺される!」と観念したに違いない。血を流すことで相手の抵抗を消すのに有効なこの手が戦いの集結を早めるのに役立つのは間違いない。これは、警備会社メガロガの実務隊長で警視庁出身の佐賀達也という男の得意技の一つで、彼は、「傷口は数日で完治するから問題ない」と、よく言っていた。それを実技訓練で学んでいた二郎は、とっさにそれを実践したのだ。
 自分の首から血が流れるのを見るのは、思わぬ恐怖心を招く効果を呼んだらしい。
 財相はこの機を逃さなかった。財相の股が大男の右手付け根を挟み、延びきった大男の右手を両手でしっかりと握った変形の腕しひぎ逆十字固めで締め上げると、骨のきしむ不気味な音がして大男の腕が折れた。大男の顔が苦痛に歪み、手から拳銃が落ちた。その拳銃を、立ち上がった二郎が足で蹴って遠くに飛ばした。
 大男から抵抗する気配が消え、勝ち誇った顔の財相が技を解いて立ち上がり、呼吸の乱れを整えるように両手両足を屈伸させてから、倒れている大男の鼻柱に革靴の先で強烈な蹴りを入れた。これで大男は完全に失神した。
 財相が受話器に飛びつき、メモも見ずに番号をソラでプッシュして外線に掛けると、相手が出た。これを見ると、従来からの知り合いとみて間違いない。
激昂した財相が相手と激しくやり合うが、早口の広東語だから二郎には理解できない。ついに感情的になった財相が日本語で喚いた。もう頭の中の翻訳機の回路が切れたらしい。
「金の代わりに殺し屋か、金はどうした? すぐ返事せんと、二人を殺すぞ!」
 叩きつけて電話を切った財相の目が狂暴に光った。冷たい口調で二郎に命じる。
「正当防衛にするから、そのナイフでどっちかの男を痛めなさい」
 椅子に座った二郎がナイフを財相の足元に投げた。刃先が厚手のカ−ペットに立つ。
「ご自由にどうぞ!」
「君までが、ワシに逆らうのか?」
 財相がすばやくナイフを二郎の足元に投げ返し、それも見事に刺さっている。
「オレの任務は、あんたの警護だけだ。人殺しなど受けてないからな」
 二郎はナイフを拾っ皮ジャン裏の革鞘に収めた。
「あんたとは何だ! 生意気な……プ−ルでのザマといい、気にくわん。会社に報告すれ貴様はクビだ」
「勝手にどうぞ。大臣とは成田までの付き合いですぞ」
 その時、また電話のベルが鳴った。財相が出て今度は日本語で争っている。
「なんだと! 冗談だろ? これ以上怒らすのか!」
 倒れていたアラブ男が目を覚まして這ったまま身体を動かして、左手で拳銃に触れた。それに気づいた小柄な財相が二郎を見た。二郎は表情一つ変えずに両者を見ている。
 二郎が椅子から立つ気配がないのを確認した財相が、椅子から跳んだ。拳銃を握って半身を起こしたアラブ男の顔面に、再び強烈な財相の蹴りが入った。
 鼻から血を噴いて倒れたアラブ男が、本能的にか左手の拳銃を財相に向けた。その左手を素早くつかんだ財相が、自分の膝の上に大男の左手の肘関節を乗せ両手で手首を持ち体重を乗せて全力で折った。悲鳴の中に「ボキッ」と不気味な音がして肘から下の左手が揺れて大男がまた失神し、その手から拳銃が落ちた。
 受話器にとびついた財相が怒鳴った。
「今の悲鳴が聞こえたか? 何人寄越しても同じ目に遇わすだけだ。いいか、もう一度だけチャンスをやる。ワシらは5億円を振り込んだんだ。その分をコナで4億、スピ−ドの粒で1億、金利はいらん。ライバルは一網打尽で収監させたんだ。あとは貴様らの天下じゃないか。よく考えろ! この二人は警察が来る前に引き取っておけ。裏口に捨てておくからな」
 電話を切ると、失神した大男の折れた左右の手を持ち引きずって、老人とは思えない凄い腕力で小柄な財相が戸口まで運んだ。大男が苦痛に目覚めて恥も外聞もなく悲鳴を上げた。その声で失神から目覚めた中国人の若い男は、腕と腰の苦痛に耐えて呻きながらも自分から戸口の隅に這って逃げ小さくなってうずくまっている。
「海原くん……」
 受話器に手を伸ばした財相が、何事もなかった声で二郎に話しかけた。
「帰国したら、ワシの事務所で働んかね、悪いようにはせんよ」
「結構です。まだ命が惜しいですから」
 電話がフロントに通じたようだ。
「日本語……OK? 部屋にドブネズミが2匹入った。表沙汰にはせんから裏口に叩き出しておいてくれ、飼い主がすぐ引き取りに来るはずだ」
 二郎はそれら一連の出来事を、不思議な気持ちで見つめていた。長年に渡って政界に君臨してきた小城財相が、ただ者ではないのは分かったが、その心の奥に根づく善悪の感覚までは二郎には見抜くことが出来なかった。

5、懐柔(1)


XOOPS Cube PROJECT