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先生方の作品集

時の流れに身をゆだね

             村山 恵美子 

 携帯電話を持つようになってから腕時計をしなくなった。携帯の液晶画面に時刻表示があるからだ。しかし、農業という職業柄、田畑での仕事中は常にゴム手袋を履いているため、泥で汚れている手袋をいちいち脱いで携帯を取り出し時刻を見るのが面倒くさい。

 自転車で登校する高校生を見て、「8時過ぎか」と思う。毎日走る定期便の白いトラックが見えた。あの車が行くのはいつも9時ぐらいのはず。ゴーンとお寺の鐘は11時。ポケットラジオのこの番組が終わると午後4時。空を見上げ太陽の位置を確かめては、「そろそろお昼になる」…というような毎日を送っていることに気がついた。
もっと便利な物を手に入れたのだからもう腕時計などいらないと思ったはずが、携帯を出して見るのが億劫で、太陽の位置から時刻を推察している私。これではまるで原始人ではないか。
 
 そんなわけで、「また腕時計しようかしら」と思い始めた。長針と短針の並ぶアナログの文字盤を見るとなぜかほっとする。それに、肘をちょっと持ち上げて腕時計に目をやる仕草が、携帯をわしづかみにする動作などとは比べものにならないほど人間臭くて色っぽいではないか。と、そんなふうに思えてしまうのは、デジタル化についていけない私の負け惜しみだろうか。

 考えてみれば自営なのだから、始業や終業の時刻を決めるのは自分だ。遅刻とか残業とかいう発想もなく、正確な時刻などそう気にする必要がない。
お寺の鐘の音を聞き、「お昼までもうひと頑張りだ」と汗をぬぐったり、夕日に羽を光らせねぐらに帰ろうとふわふわ飛ぶ無数のトンボに目を細め、“今日も一日終わるね”と心の中でささやく暮らしも、案外心地よいので、腕時計を復活させたとしても私は、取り巻く自然や環境の中に、時の目安になるものを確かめ味わいながら暮らしていくのかもしれません。


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