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太平洋年代記

第一章 日本国

1、上 陸

 ボートを漕ぐ音が、澄んだ青空に響く。ジェームスは改めてその陸地を眺めた。
「美しい…」
 緑の松林が朝日に映え、その向こう側には小高い丘が見える。そして左の方に目を転じると、薄っすらと雪化粧した貴婦人のような山が見えた。「フジ」という火山だそうだ。
「何と気高い山だろう…」
 ジェームスはこれから始まる異国での生活に胸が躍るのを感じた。ふと振り返ると、ハクもジッと陸地を凝視したままボートを漕いでいる。そしてジェームスに気付くとこう言った。
「故郷に戻って来たような気がする」
「故郷か…確かに…」
 ジェームスは呟いた。確かに自分の故郷はサンフランシスコだ。しかし、この気持ちはハワイでも味わったものに近い。そして、今、近づいて来る陸地は間違いなく懐かしい風景だ。魂が震えるのが感じられる。
「おい! つかまれ! 上陸だぞ!」
 キャプテンが叫んだと同時にボートは浅瀬に乗り上げた。乗組員達は口々に喜びの声をあげながら、砂の上を走った。久しぶりの陸地が嬉しいのだ。
「おいおい! ボートを引き揚げるのが先だ!」
 キャプテンが怒鳴った。
 ようやく全員でボートを引き揚げ、汗を拭いていると周囲に見慣れない男たちが集まり始めているのに気付いた。皆、背は低いが引き締まった肉体をしている。中には服を着ておらず、下着姿のものも数人いる。髪は後ろで結っている者もいるが、残バラ髪の者もいる。何やらこちらを指差して話しているが、敵意は感じられない。恐らく漁師達だろう。
すると、近くの小屋から二人の男が出て来た。甲高い声で何かを叫んでいる。その二人を見るとハクは呟いた。
「サムライだ」
「サムライ?」
「そうだ、サムライだ。腰の刀を見ろ!」
 確かに二人とも二本の刀を差している。
 ジェームスはその日本刀がいかに恐ろしい武器であるかを聞いた事がある。航海の途中で仲間のスミスと言う船員から聞いた話だった。それは、サムライに腕を切り落とされたイギリス人水夫の話だった。一瞬の内に腕が落ちていたのだと言う。
「痛ぇ!って言う前に自分の腕が地面に転がっていたんだとよ!」
 スミスは酔っていたせいか、笑いながら大声で話していたが、ジェームスは笑う気になれなかった。今、そのイギリス人水夫がどうやって生きているのかが気になった。
 二人のサムライは、こちらに寄って来た。背の高い方のサムライは紙を手に、何かを言っているが意味がわからない。すると、もう一人の背の低い方のサムライが、妙な訛りの英語で話しかけて来た。
「私は中村と申すものです。こちらは責任者の筒井です」
 やや面食らいつつも、ジェームスは慌ててキャプテンのホフマンを指差してサムライに言った。
「私はジェームス・マクリーンです。船長はまだ船に残っています。何かご用ならばキャプテンとお話しください」
 ふと、横を見るとハクがニヤニヤと笑っている。
「何が可笑しい?」
「イヤ、彼の英語を聞いて、故郷を思い出したんだよ」
 ハクはまた含み笑いをした。
 確かにハワイ人たちの英語も独特で、多分、それは彼らの母国語の癖から来ているのだろう。ハクもわかりやすい話し方だが、訛りは抜けていない。ジェームスは改めて周囲を見回した。
 松林の奥に集落が見える。しかし家はどれも粗末なもので、全て平屋だ。屋根が飛ばないように石の重しが乗っている家も多い。サムライ達が出て来た建物も、住居と言うよりも番屋のようなものだ。
「しかし、男ばかりだな…」
 ジェームスがと呟くと、ハクが頷いた。
「女たちは俺たちが怖くて出て来れないんだよ…きっと」
 そこに、キャプテンの声が響いた。
「これから、荷物を持って領事館に移動する」
「領事館?そんなものがあるのか…」
 聞いていなかった。まさか、この国に欧米諸国のような建物があるはずもない。
「まあ、屋根があれば良しとしよう」
 ハクが笑った。
 ジェームスは自分のトランクを開けて、ざっと中身を見た。着替えの服はそれほどたくさんは持って来なかった。こちらで調達すれば良いと思ったからだ。しかし、この国の人々はみな小さいので自分に合う服などは手に入らないだろう。ジェームスは自分がサムライのような格好をしているところを想像し、思わず口元が緩んだ。
「準備はいいか?」
 キャプテンの声が響いた。
 ジェームスたちは二人のサムライに先導されるように砂浜から松林を抜け、街道に出た。いつの間にか、もう二人のサムライが列の後ろについて来ていた。きっと警戒しているのだろう。聞いたところによると、この国の人々の中には外国人を激しく嫌い、見つけ次第殺そうとする集団もいるらしい。サムライ達は、そのような集団からジェームス達を守ろうとしているのかも知れない。
街道の周囲はみすぼらしい小屋や、畑が広がっている。時々すれ違う人々の身なりも貧しい。しばらく坂を昇って行くと、海が見えて来た。
 領事館は小高い丘の上にあるらしい。先頭のサムライの一人、中村が振り向いて叫んだ。
「こちらでござる!」
 見ると、黒い瓦の屋根の建物が目に入った。
 門構えもりっぱで、以前本で見た中国の寺院のような印象だった。
「ほお!」と思わず声が漏れた。
ハクも驚いたような顔で門を見上げている。キャプテンがハクの顔を見てから皆に告げた。
「ここは仏教の寺だ。くれぐれも無礼な振る舞いをしないようにな。特に小便は絶対に外でするな!」
 そして中村に向かって笑いながら言った
「おい、この野蛮人たちに便所の場所を教えてやってくれ」


尊皇攘夷


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